青江の太刀
(あおえのたち)
好村兼一
(よしむらけんいち)
[武家]
★★★★
♪島原の乱異聞を描いた長編小説『侍の翼』でデビューした、パリ在住の時代小説家・好村兼一さんの短編集。プロフィールによると、著者は1949年東京生まれで、東京大学在学中に全日本剣道連盟学生指導員として渡仏。以後42年フランスで剣道指導に携わる。剣道は最高段位の八段。
本書は、田沼意次が権勢の中心にいた明和・安永期(1764年~1780年)を舞台にした短編小説を四編収録している(「闇中斎剣法書」は享保四年より二十年余後というから寛保元年=1741年ごろか)。そのせいか、田沼時代らしい窮屈さがない伸び伸びした感じが全編に漂っていて、切ない話でもどこか滑稽で救いがある。
主人公は幕臣だったり、大名家の家臣だったりで、いずれも生活には窮していないが、それぞれに執着するものがあるという設定。表題作の「青江の太刀」では、名刀にとらわれた大御番組頭が登場するし、「安永小普請の恋」と「妻敵討ち異聞」は愛欲にとらわれてしまう。「闇中斎剣法書」の青山泰之進は剣法オタクといったところか。その執念がもたらす悲喜劇が物語の妙味。
好村さんの作品では、江戸の文化や風俗に触れられていて、その点でも読むのが楽しい。
隅田川が新大橋の先で新堀、霊岸島にぶつかって水路が三方に分割されるあたりは三股と呼ばれているが、その一角が埋め立てられて中洲という名の地区が出現していた。内藤新宿に時を同じくしてお上から開設が許された新しい遊興の地で、水茶屋、料理茶屋、留守居茶屋、船宿……と盛んな普請が続き、舟遊びや月見にはもってこいの場所として、今や両国や浅草を凌ぐ程である。(以下略)
『青江の太刀 安永小普請の恋』P.12より)
この遊興地振興は田沼の景気政策の一つだったらしく、寛政元年に取り払われている。
主な登場人物◆
「安永小普請の恋」
日高万之助:小普請、二百石の旗本
くみ:万之助の妻
長松:万之助の息子
川辺孝右衛門:小普請仲間
しま:水茶屋の茶汲み娘
水茶屋の主の爺
西田弥八郎:信州諏訪伊勢守家臣
渡辺助左衛門:諏訪家用人
「青江の太刀」
村田勘太夫:大御番組頭家禄四百石
世良半之丞:蔵米二百五十俵取りの大御番士
世良新太郎:半之丞の嫡男
七兵衛:植木屋
本阿弥光純:本阿弥家十五代当主
内山因幡守:御書院番頭家禄六千石
「妻敵討ち異聞」
石毛栄之助:近江小室領小堀家家臣で鏡心明智流士学館の師範代
多田龍三郎:小普請旗本、元書院番士
江里:龍三郎の妻
松岡主税:御小納戸
桃井八郎左衛門:鏡心明智流士学館の師
春蔵:八郎左衛門の養子
やす:武家の妻で、芸者のつとめに出ている
「策を弄する男」
梶川大作:下総多古一万二千石松平豊前守勝全家の剣術指南役で、一刀流中西忠蔵門下
りん:大作の妻
彦松:大作の息子
竹河八兵衛:佐倉十一万石、堀田家家中。立身流剣術指南役
松平勝全:多古藩藩主
蔦屋およし:二十軒茶屋の茶汲み娘で、笠森お仙、柳屋お藤とともに明和の三美人
中西忠蔵:中西道場の師
「闇中斎剣法書」
青山泰之進:家禄五百石の御書院番士
村石秀三郎:泰之進の同僚
道具屋の主
太助:青山家の中間
由美:泰之進の後妻
信之丞:泰之進の一人息子
鳴海甚右衛門:桑名松平家馬廻役
御書院番組頭
物語●
「安永小普請の恋」
二百石の小普請旗本の日高万之助は、半年前に内藤新宿の水茶屋で茶汲み娘のしまと出会った。十六で生き生きとした目をしたかわいい娘に心惹かれて、以来、質屋通いで金策してまで通い詰めていた…。
「青江の太刀」
大御番組頭の村田勘太夫は、世良半之丞の屋敷で設けられた「御番入り振舞い」の席で、世良が秘蔵する青江の太刀を間近に見て以来、「あの太刀を我が物にしたい」という思いに駆られていた…。
「妻敵討ち異聞」
近江小室領主小堀和泉守政方の江戸詰め家臣の石毛栄之助は、十日程前に果し合いの末、斃した多田龍三郎の墓参に行って、遠目にも明らかな美形で、強く女を感じさせる芳香をさせた、寺や墓地には場違いな表情と身ごしらえの女を見かけた…。
「策を弄する男」
中西忠蔵門下の梶川大作は、師の忠蔵の推挙で、下総多古一万二千石、松平豊前守勝全に、二年前に剣術指南役として召し抱えられた。剣術好みの殿の命で、隣国佐倉十一万石の堀田相模守正順の剣術指南役の竹河八兵衛と、他流との立合をすることになった。竹河は立身流の剣術を遣い、策を弄する男という…。
「闇中斎剣法書」
御書院番士の青山泰之進は、一刀流の目録取りで、剣術に関する知識欲が旺盛で、一刀流だけでは飽き足らずに、秘かに他流の剣術書や伝書の類を探し求めては研究をしていた。ある日、道具屋で蝙蝠の擬人絵が書かれた闇中斎剣法書を入手した…。
目次■安永小普請の恋|青江の太刀|妻敵討ち異聞|策を弄する男|闇中斎剣法書|解説 縄田一男