鳴門秘帖(一)~(三)
(なるとひちょう)
吉川英治
(よしかわえいじ)
[伝奇]
★★★★
♪昔、田村正和さんの主演で、NHKでドラマ化(当時は時代小説のよさがわからずに見逃しているが)されて以来、ずっと気になっていた古典的名作をやっと読むことができた。読む前はなぜかダシル・ハメットの「マルタの鷹」の時代小説版と想像していたが…。
この物語の背景には、宝暦七~九年の竹内式部、山県大弐らによる討幕の動き(宝暦事件)がある。そして、阿波徳島の藩主・蜂須賀重喜(しげよし)をその黒幕として設定している。
講談調の文体に、なかなか読むリズムがつかめなくて往生したが、ようやく慣れた二巻めの中盤から加速度をつけて面白さが増した。新聞連載用に書かれたもの(高橋克彦さんは、実際に原稿用紙に書き写して、新聞の原稿量を体得したそうだ)らしく、一定周期でヤマ場があって、グングン引き込まれる。
主人公の法月弦之丞は、戸ヶ崎夕雲に師事した夕雲流(せきうんりゅう)の剣士として描かれている。この夕雲流と、『三鬼の剣』(鳥羽亮・講談社文庫)や『江戸は廻燈籠』(佐江衆一・講談社)で描かれる、針ヶ谷夕雲を流祖とする無住心剣流(むじゅうしんけんりゅう)は、同一のものだろうか。創始者の姓と作品の中での描かれ方が違っているが、その本質は同じように思われる。
ともかく、忍びではない、本格的な隠密剣士ものというのは、南原幹雄さんの作品以外あまりないので貴重だ。
ドラマ化するなら、こんな配役でどうだろうか。
法月弦之丞(木村拓哉)、見返りお綱(松たか子)、お十夜孫兵衛(豊川悦史)、旅川周馬(草なぎ剛)、天堂一角(宍戸開)、竹屋三位卿(松岡昌宏)、蜂須賀重喜(寺脇康文)、目明かし万吉(きたろう)、常木鴻山(渡哲也)、お千絵(松本恵)、森啓之助(稲垣吾郎)、川長のお米(中谷美紀)、お久良(萬田久子)、甲賀世阿弥(松本幸四郎)
物語●他国者入れない鎖国を続ける阿波国に潜入した幕府隠密・甲賀世阿弥(よあみ)が消息を絶って十年。家名断絶を目前にして、悲嘆にくれる娘お千絵を見かねて、お千絵の乳母の兄・唐草銀五郎と子分の待乳(まつち)の多市が阿波入国を図るが…。
阿波・蜂須賀家と幕府の暗闘。虚無僧姿の法月(のりづき)弦之丞、怪人お十夜(じゅうや)孫兵衛、女スリの見返りお綱ら、多彩な登場人物が関わり、話はもつれにもつれる。
目次■(一)上方の巻/江戸の巻/註解/「鳴門秘帖」の思い出 原田伴彦/鳴門秘帖の旅 黒部亨|(二)江戸の巻(つづき)/木曽の巻/船路の巻/註解/なんという偶然 高橋克彦/スパイ小説としての「鳴門秘帖」 向井敏|船路の巻(つづき)/剣山の巻/鳴門の巻/関連図/註解/吉川先生との巡り合い 東山魁夷/大衆文学の記念碑的作品 磯貝勝太郎