(おおおかのすず あっぱれさんじいよなおしちょう)
(やなぎそうじろう)
[捕物]
★★★★☆
♪著者の柳さんは、2001年に『異形の者』で第七回歴史群像大賞を受賞し、「風の忍び 六代目小太郎」シリーズなど、忍者もので活躍している新進の時代小説家。
本書は、元中町奉行・坪内弥五郎、口入れ屋の隠居で町の親分・花坊主の伝兵衛、二階堂流平法の剣術道場主・吉岡次郎左衛門という三人の還暦の男たちが活躍する痛快捕物小説。身分格式はさまざまだが、二階堂流平法の達人、山中十松門下で若い頃からともに剣の腕を磨き、気安い間柄の三人。次郎左衛門は飛びぬけて腕が立ち、花坊主はべらぼうに勘がよく、弥五郎には正義感と知恵があり、得がたい老人たちである。
その三人が近頃は特に、隠居して暇な弥五郎を芯に事件・騒動にしゃしゃり出てくる。そして鮮やかに収める。町奉行所だけでなく寺社・勘定、ときには目付・大目付までが苦虫を噛みつぶす。ということで、まことにもって迷惑極まりない三人なのだ。
(『大岡の鈴 あっぱれ三爺世直し帖』P.16より)
この作品で面白いのは、中町奉行所の坪内弥五郎定鑑という実在の人物を登場人物に据えたこと。坪内は、絵島生島事件の糾明・裁定で手腕を発揮し、南町奉行を務めた後、中町奉行に就く。中町奉行所は、元禄15年(1702年)閏8月から享保4年(1719年)1月という短い間ではあるが、実在した江戸町奉行所。初代は丹羽長守で、二代が坪内のときに廃止される。
(前略)弥五郎は中町奉行を十四年勤め上げる。武士町人双方から人望があり、本所・深川の安寧に尽力するが、正徳の治には進んでは関与せず、一定の距離を置いていたがために新井白石からは批判されたようだ。が、言いたい奴には言わせておけと言った返す刀で当事者の屋敷に怒鳴り込むなど、ある意味の〈切れ者〉にして硬骨の町である。そのせいか市井では落首に、〈風に逆らってでも飛ぶ糸の切れた凧〉などと例えられたりもした。
(『大岡の鈴 あっぱれ三爺世直し帖』P.48より)
江戸の年中行事を説明する場面もあり、江戸のお勉強にもなる。
「お約束したわけではございません。ただ本日、この近くで琵琶会が催されると、さっき太助さんに聞いたものですから」
(中略)
「そうか、今日は十六日であったか」
二月十六日に江戸府内の弁天社では、検校以下の者達が集まって琵琶を弾奏する。京都から伝承されたとされる年中行事である。京都では同じ行事を積塔会というらしい。
(『大岡の鈴 あっぱれ三爺世直し帖』P.102より)
三人の老人たちは、年の離れた同心慶之進が成長するように、折りに触れて諭し、励ます。
「旦那、時も事件も待っちゃくれねぇよ。浮ふわついてふわふわ流れてるだけでも、あっという間に俺らぁみてぇな歳になっちまう。一端になろうってぇ気概があんなら、寸暇をおしまねぇとね」
(『大岡の鈴 あっぱれ三爺世直し帖』P.149より)
「――本当に、努力に勝るものなんざ、この世になにもねぇんですから」
伝兵衛の口から紫煙が立ち上る。
滅多にないことだが、慶之進に語る伝兵衛の口調は紫煙よりも柔らかだった。
(『大岡の鈴 あっぱれ三爺世直し帖』P.173より)
南町奉行・大岡越前守の命でパワフルな三人の老人たちに付けられた「鈴」役の、慶之進が一緒に探索を進めていく中で成長していく姿が面白くて、読み味のよい捕物小説になっている。個性的な還暦三人組と慶之進の、次の活躍が楽しみなシリーズの誕生である。
主な登場人物◆
早見慶之進:南町奉行所臨時廻り同心
戸波平蔵:南町奉行所吟味方与力
坪内弥五郎定鑑:元中町奉行
千瀬:弥五郎の妻
桜木屋の伝兵衛:浅草西仲町の口入れ屋の隠居で御用聞き。通称、花坊主
源太:伝兵衛の息子で、桜木屋の主
お幸:源太の妹
お花:源太のひとり娘
吉岡次郎左衛門:二階堂流平法の道場主
伊太郎:次郎左衛門が育てる少年
武州屋の主
武州屋の二番番頭
お光:武州屋の娘。七つ。
大岡越前守忠相:南町奉行
厳鬼坊瞬海:山伏
伝阿坊:膂力自慢の山伏
深川佐賀町で小間物屋を営む男
鈴木正蔵:北町奉行所定町廻り同心
万六:宮大工
りく:万六の女房
清造:万六の師匠。宮大工の大棟梁
清治郎:清蔵の息子
喜知次:油売りの男
物語●南町奉行所臨時廻り同心の早見慶之進は、吟味方与力の戸波平蔵から、無住寺の不審火によるぼやが連続していることを探索するために、元町奉行で隠居の坪内弥五郎定鑑と仲間たちを動かすように命じられた。
同じ頃、町の親分のかたわら御用聞きを務める花坊主の伝兵衛は、材木問屋武州屋の七つになる娘がかどわかされたという話を耳にし、真相を主に尋ねると神隠しにあっただけで心配はいらないという。同じ頃大店の子どもたちが神隠しにあい、いずれも山伏の祈祷で必ず戻ってきていた…。
目次■目次なし