河岸の夕映え 神田堀八つ下がり
(かしのゆうばえ・かんだぼりやつさがり)
宇江佐真理
(うえざまり)
[市井]
★★★★☆☆
♪宇江佐真理さんの最新文庫『神田堀八つ下がり―河岸の夕映え』を入手する。宇江佐さんの作品は読み味がよくて、お気に入り。今回は、御厩河岸、竈河岸、浜町河岸など、6つの河岸を舞台にした6つの人情話を収録。
『神田堀八つ下がり―河岸の夕映え』の表紙は江戸情緒にあふれた構成になっている。中心には小村雪岱(こむら・せったい)の「河岸」が描かれ、その周りには歌川広重の「名所江戸百景」の「芝うらの風景御厩河岸」を使用し、さらにいせ辰の千代紙をコラージュしている。
前作『おちゃっぴい―江戸前浮世気質』に続く、江戸の市井をテーマにしたコンセプチュアルな短篇集。一話一話の登場人物たちは関係しないが、江戸の町のどこかで、同じ空気を吸っているという感じが伝わってくる。
火事で焼け出され、父を亡くして御厩河岸に越してきた水菓子屋の娘ちえ。大店暮らしとは打って変わった日々の折々に、大川の流れを見つめる。江戸の娘の恋と人情を描いた巻頭の一作「どやの嬶 御厩河岸」から読み手を捉えて離さない。端唄好きの小普請組の武士の都々逸をめぐる一篇「浮かれ節 竈河岸」、下っ引きが河岸で拾った少女の正体を探る捕物仕立ての「身は姫じゃ 佐久間河岸」、津軽藩出身の兄弟の江戸での暮らしを描く「百舌 本所・一ツ目河岸」、勘当された若旦那と居酒屋の酌婦の恋を描く「愛想づかし 行徳河岸」、自分に厳しさを科した板前と旗本の部屋住みの意気地を取り上げた「神田堀八つ下がり 浜町河岸」、バラエティに富んだ筋立てで、ほんわかした人情が味わえる小粋な作品集だ。
物語●「どやの嬶 御厩河岸」おちえは十七歳。半年前に火事で焼け出されて、神田須田町から浅草三好町に越してきた。父を失い、叔父に店の銭箱を持ち逃げされ、大店暮らしから一転、横丁の八百屋と変わらない小さな水菓子屋で店番までさせられるようになった…。「浮かれ節 竈河岸」三十六歳の三土路保胤は幕府の小普請組に所属していた。妻と三人の娘を持ち、非役で役禄がつかず家禄だけで生計を維持しなければならいないので暮らしは苦しかった。暇があり、もともと喉はよくさして稽古しなくても節回しを覚えるのが得意で、町人たちが好む端唄にはまっていた…。「身は姫じゃ 佐久間河岸」岡っ引きの伊勢蔵の子分で義理の息子の龍吉は、和泉橋のそばで小汚い娘が地面に絵を描いて遊んでいるのを見かけた。話しかけると、娘は垢だらけの顔で、身は姫じゃと応えた…。「百舌 本所・一ツ目河岸」本所相生町一丁目にある横川柳平のわび住まいに津軽から姉ひさの荷物を預かって生家の使用人の息子がやってきた。柳平はもとは津軽弘前藩の藩校の教官だったが、藩の政争に敗れて職を辞していた…。「愛想づかし 行徳河岸」魚河岸で荷を運ぶ人足として働く旬助と居酒屋で酌婦として働くお幾は半年前から一緒に暮らしていた。旬助はお幾より五歳年下の二十八で、勘当されていたが日本橋の廻船問屋の総領息子だった…。「神田堀八つ下がり 浜町河岸」米沢町の薬種屋「丁子屋」の主・菊次郎は、町医者の佐竹桂順と世間話をしていた。にわか雨が振り出してきて、旗本の次男坊・青沼伝四郎が四人の供のものとやってきて雨宿りをした…。
目次■どやの嬶 御厩河岸|浮かれ節 竈河岸|身は姫じゃ 佐久間河岸|百舌 本所・一ツ目河岸|愛想づかし 行徳河岸|神田堀八つ下がり 浜町河岸|文庫のためのあとがき|解説 縄田一男
カバーデザイン:井上正篤
解説:縄田一男
時代:「浮かれ節 竈河岸」天保九年。「神田堀八つ下がり 浜町河岸」享保八年(1723)九月
場所:「どやの嬶 御厩河岸」浅草三好町、御厩河岸。「浮かれ節 竈河岸」住吉町、高砂町、柳橋、牛込藁店。「身は姫じゃ 佐久間河岸」神田相生町、柳原土手、富沢町。「百舌 本所・一ツ目河岸」本所相生町一丁目、津軽藩上屋敷。「愛想づかし 行徳河岸」小網町二丁目、北鞘町。「神田堀八つ下がり 浜町河岸」米沢町、若松町、浜町河岸ほか
(徳間文庫・629円・05/06/5第1刷・359P)
購入日:05/06/10
読破日:05/06/14