お髷番承り候 三 血族の澱
(おまげばんうけたまわり 3 けつぞくのおり)
上田秀人
(うえだひでと)
[伝奇]
★★★★
♪文庫書き下ろし
将軍の御髪を整えるお小納戸月代御髪係、通称お髷番を務め、風心流という小太刀の遣い手、深室賢治郎が活躍する「お髷番承り候」シリーズの第三作。
賢治郎は、寄合席三千石松平多門の三男に生まれる、四代将軍家綱のお花畑番(幼少時の遊び相手)を務めるが、父多門の死を受けて家督を継いだ、腹違いの兄松平主馬により、出世コースのお花畑番を外され、さらに格下六百石の深室家に養子に出された。
しかし、寄合席では格が上すぎてお髷番に就けなかったが、おかげで将軍となった家綱は、己のもっとも信頼できる者として、命を預けるに等しいお髷番へ深室賢治郎を抜擢できた。
このシリーズの魅力は、時代小説で描かれることが多くない、将軍家綱の時代の政争をテーマにしていること。家綱と次弟綱重、末弟綱吉の三人の関係が興味深い。
また、注目したいのは、将軍継承争いをする綱重と綱吉の家臣たちの存在。陪臣という感覚はつかみにくい。
桜田館の藩士たちにとって、綱重が将軍になるかどうかは死活問題である。直臣と陪臣の差は、武士にとって耐え難い落差であった。
とくに将軍の兄弟の別家は顕著であった。将軍の弟が別家を立てるとき、主たる家臣は旗本から選ばれて付けられた。藩として独立するまでは未だよかった。何々君付きとして、籍は旗本にあり、別の役目に転じていくこともあった。
しかし、藩として独立してしまえば、身分は陪臣に固定されてしまう。禄高は増えることが多いとはいえ、格下げであった。(『血族の澱』P.280より)
しかし、家格を重視する江戸時代において、直臣(旗本)か陪臣(大名の家臣)かは、大きな差であったようだ。陪臣になったことで、婚約を破棄されたり、本家から義絶を言い渡されたり、現代からは信じられないような差別まであったという。
御三卿が作られたとき、藩という形にはせずに、家臣を旗本から選び、配置転換のような形にした理由は、旗本が陪臣になることを嫌ったという事情からだろうか?
主な登場人物◆
深室賢治郎:お小納戸月代御髪係、通称・お髷番。風心流小太刀の遣い手
徳川家綱:徳川幕府四代将軍
徳川綱重:家綱の弟、甲府徳川家当主
徳川綱吉:家綱の末弟、館林徳川家当主
徳川頼宣:紀州徳川家藩主、家康の子
松平主馬:三千石の旗本。賢治郎の異母兄
深室作右衛門:六百石深室家の当主で留守居番。賢治郎の義父
深室三弥:作右衛門の一人娘。賢治郎の許婚
清太:深室家の中間
厳海和尚:下谷坂本町の善養寺の僧侶で、賢治郎の剣の師
新見備中守正信:甲府徳川家家老
山本兵庫:綱重の生母順性院の用人
桂昌院:綱吉の生母
牧野成貞:綱吉の側役
堀田備中守正俊:奏者番、上野国安中藩二万石の大名
松平伊豆守信綱:老中。家光の寵臣
佐野源内:信綱の用人
首藤巌之介:信綱の家臣
阿部豊後守忠秋:老中。家光の寵臣
林鵞峰:林家二代当主
林鳳岡:綱吉の侍講
田中弥右衛門:武州浪人
大山伝蕃:無頼の浪人
加賀谷天平:浪人、新陰流
伊勢信三郎:浪人、一刀流
市田可兵:浪人、我流
沢山一蔵:浪人、微塵流
中岡:松平主馬の用人
上総屋辰之助:髪結い
次郎吉:上総屋の常連の大工
西畑源之助:北町奉行所与力
大隅矢次郎:北町奉行所臨時廻り同心
一兵衛:岡っ引
立川伊右衛門:目付
権田:小姓組頭
物語●徳川綱吉の行列が甲府徳川家(綱重)の家臣らに襲われた。綱吉に被害は及ばなかったものの、館林徳川家は報復として、綱重の居館である桜田館を浪人者を雇って襲わせる。
将軍継承をめぐる弟たちの争いを憂慮した四代将軍家綱は、誰よりも信を置くお髷番深室賢治郎を密使として両家に差し向け、事態の収束を図る。しかし、血族の継承問題は血で血を洗う惨劇に発展していく…。
目次■第一章 寵臣の形/第二章 弟たちの宴/第三章 密使の波紋/第四章 裏の戦い/第五章 権への妄執