召抱 奥右筆秘帳
(めしかかえ おくゆうひつひちょう)
上田秀人
(うえだひでと)
[伝奇]
★★★★☆
♪大人気の「奥右筆秘帳」シリーズ第九巻。なんでこのシリーズはこんなに面白いんだろうか、について考えてみた。
1.主人公が奥右筆という身分は高くないが、幕府の最高機密に触れ、幕府の政策執行の中枢にいる役職に設定していること。そのため、幕閣の暗闘にいやおうなく巻き込まれることになる。
2.筆で生きてきた奥右筆の併右衛門と、次男坊のために家を継ぐことがかなわず剣の上達に心血を注いできた衛悟のコンビの妙。ボディーガードと雇い主という関係から、幾多の危難を乗り越えることで、お互いにかけがいのない存在に変わっていくところがいい。
3.憎からず思いながらも、身分の違いからなかなか進展しない、衛悟と(併右衛門の一人娘の)瑞紀。古風な純愛ぶりが爽やか。
4.将軍家斉、その父一橋治済、松平定信ら個性的な権力者たちが繰り広げる虚々実々の政権抗争。
5.涼天覚清流の師・大久保典膳が弟子の衛悟を教え諭すシーンで、生きるうえで支援になるような、いいことを言っている。
「よいか、衛悟。油断はしてもいいのだ。ときと場所さえまちがわなければ、油断は心の疲れを取ってくれる」
…
「一日中気を張って入れては、心がもたぬ。壊れるだけだ。壊れてしなえば、人はなにがたいせつなのかわからなくなる」
…
「ただ、油断してはならぬときは、気を張れ。それが衛悟、そなたにはできなかった」
…
「まちがえるな。生きていれば失敗ではない。そして、同じ失敗を二度としなければ問題はない。なにより、これを糧にできれば、油断は功績となる」
…
「教訓とはそういうものだ。身に染みよ、骨に刻め、今、そなたが感じている後悔を脳裏に焼き付けよ」
(『召抱 奥右筆秘帳』P.235より)
さて、第九作目のヤマ場は、品川で催された将軍家斉の鷹狩りのシーン。治済と家斉の父子の対立を織り込むことで、シリーズで最高に迫力と緊張感があって、見ごたえがある。そもそも、鷹狩りは合戦をシミュレートしたようなものだから、スペクタクルなシーンが連続し、面白くならないわけはないか。
主な登場人物◆
立花併右衛門:奥右筆組頭、五百石の旗本
瑞紀:併右衛門の一人娘
柊衛悟:立花家の隣家の次男。併右衛門から護衛役を頼まれた若き剣術遣い
柊賢悟:衛悟の兄で、評定所与力
幸枝:賢悟の妻
大久保典膳:涼天覚清流の剣術道場の主。衛悟の師匠
徳川家斉:十一代将軍
松平越中守定信:奥州白河藩主。前老中で、現在は溜間詰
一橋民部卿治済:家斉の実父
太田備中守資愛:老中
松平伊豆守信明:老中
永井玄蕃頭:大坂城代添番。将軍の側役時代に、襲撃者から衛悟に救われた
加藤仁左衛門:奥右筆組頭
石田厳十郎:幕臣の異動を担当する奥右筆
山上丹波守:小普請組の組頭
冥府防人:鬼神流を名乗る居合いの達人で元甲賀忍び。一橋治済に仕える
絹:冥府防人の妹。元甲賀の女忍び
蕗:定信の側室で、伊賀の女忍び
摘:治済の側室で、伊賀の女忍び
村垣源内:家斉に仕えるお庭番の頭
馬場善右衛門:お庭番
明楽妙乃進:お庭番
川村新六:お庭番
藤林喜右衛門:お広敷伊賀者組頭
覚蝉:上野寛永寺の俊才で、公澄法親王の命を受けて、願人坊主になる
海川坊:日光お山衆の修験者
戸田久次郎:鷹匠頭
物語●筆頭老中を解任されて、溜間詰になった松平定信は、大老となって復権することを画策する。朝廷の復権を狙う寛永寺と手を組み、目障りな奥右筆潰しを…。
奥右筆組頭立花併右衛門の娘婿となるはずの柊衛悟に、三百石の旗本としての新規召し抱えの話が。筆を武器とする奥右筆の虚を衝かれた併右衛門に、幕府転覆を企てる修験僧らが襲いかかる…。”
目次■第一章 婿の心得/第二章 吉報/第三章 墨衣の刺客/第四章 混沌の糸/第五章 親子異景