神の子 花川戸町自身番日記 1
(かみのこ はなかわどちょうじしんばんにっき1)
辻堂魁
(つじどうかい)
[市井]
★★★★
♪浅草花川戸を舞台に、そこで暮らす人々にまつわる事件と人情を描いた、連作形式の市井時代小説の第1作。
花川戸町と山之宿町の町境にある人情小路の辻に設けられた自身番。その自身番に書役として雇われたのが、二十七歳で読本作者見習いの可一。
書役とは町内雇いの自身番に常勤する一種の書記役である。
主な仕事は寄合が行なわれるときの書記掛、三年ごとに町奉行所と名主さんへ出す町内の人別の改め、小間割という町入用を勘定して家主さんへの請求、などである。(『神の子』P.15より)
書役の可一は、町内の出来事を記述しておくための日誌、自身番日記を付ける役目も持っていた。そのため可一は物語の主人公ではなく、一歩引いた記録者の立場にいる。「一膳飯屋の女」では一膳飯屋「みかみ」の吉竹が、「神の子」では船頭の啓次郎が、「初恋」では手習い師匠の高杉哲太郎が、主人公となる。
表題作の「神の子」におけるお千香の存在感が圧倒的。
船荷を一杯積んだ船が帆柱を畳んで、紺色の川面にゆるやかな波を立てつつ桟橋へとだんだん近づく様子を眺めているのは、まるで大きな大きな魚が泳いでくるみたいで、お千香の胸はときめいた。
そしてまた新しい物資を一杯に積み込んで船出するとき、お千香は堤の上から両手を振って見送り、船が川上にぽつんと小さくなり千住河岸の方へ曲がって見えなくなるまで見送り続けるのだった。(『神の子』P.136より)
話ごとにいろいろな味が楽しめて、ストーリー構成もユニークで、今後の展開が楽しみなシリーズである。
主な登場人物◆
可一:花川戸の自身番の書役で、読本作者見習い
嘉六:地本問屋千年堂の主人
重左衛門:家主
岸兵衛:豆腐屋沢尻の主人
清蔵:煙草屋の主人
高杉哲太郎:手習い師匠
吉竹:一膳飯屋「みかみ」の主人で、可一の幼友達
八重:「みかみ」の使用人
彦助:札付きの若者
お柳:「みかみ」で働くことになる、深川の女
啓次郎:新河岸川舟運の雇われ船頭
お千香:啓次郎の六つになる娘
六平:啓次郎の船子
常吉:啓次郎の船子
仙太:啓次郎の見習い船子
志ノ助:お休み処の小屋の亭主
杜若の清兵衛:無宿渡世人
羽曳甚九郎:南町奉行所定町廻り方同心
仁左衛門:「みかみ」の家主
五郎治:啓次郎の家主
お滝:五郎治の女房
武州屋:材木町の船問屋
谷屋:仙波河岸の船問屋
寺田兵部:川越藩士安藤某の家臣
吉野屋:福岡河岸の船問屋
福岡河岸の旅籠兼賭場の主
福岡河岸の旅籠兼賭場の女将
福岡河岸の旅籠兼賭場の中盆
福岡河岸の旅籠兼賭場の壺振り
お紀和:下館藩奥仕え老女
満:お紀和付きの女中
神崎史生:下館藩お側用人
物語●「第一話 一膳飯屋の女」浅草川堤にある一膳飯屋「みかみ」の主人吉竹は、両親を亡くしたひとり者。店の手伝いを探していると聞きつけ、自分から押し掛けてきた札付きの遊び人の彦助が店には居座っていた。彦助は、店の手伝いをしないばかりか、ただで飲み食いをした挙句、売上に手を付けたりとやりたい放題。しかし、我慢するのには慣れていて深く考えることが苦手な吉竹は彦助には何も言えないでいた。
ある日、「みかみ」に住み込みの手伝い女、お柳がやってきた…。
「第二話 神の子」啓次郎は、浅草花川戸と川越を結ぶ新河岸川舟運の船頭をしながら、六つになる一人娘お千香を男手ひとつで育てていた。お千香は、花川戸の船着場に集まる船頭たちの間では評判の童女だった。啓次郎は、急ぎの仕事を受け、その船旅にお千香を連れて行くことにした…。
「第三話 初恋」花川戸の手習い師匠高杉は、手習い所の子供たちと一緒に向島に秋の実りの実見に行った帰り道、吾妻橋で常州下館藩の御忍駕籠とすれ違った。高杉は故あって七年前に下館藩を出奔した身だった…。
目次■序 浅草川/第一話 一膳飯屋の女/第二話 神の子/第三話 初恋/結 ときの道しるべ