(ごぶのたましい かぜのいちべえ)
(つじどうかい)
[痛快]
★★★★☆
♪正義感が強くて人情味にあふれる、「風の剣」の遣い手、“算盤侍”唐木市兵衛が活躍する「風の市兵衛」シリーズの第8弾。
「わたしが上方で学びましたそろばん勘定、家政の裁量、やりくり算段とは、入るお金と使うお金の実情にもとづき家計に規律の縛りを設け、それに則って収支を差配する、理屈はいたって単純なものです。すなわち、才覚技量を給金に換える渡りの仕事はその規律において、家計の実情、実態を包み隠さず白日の下にさらすことになります。そうでなければ、わが才覚技量をふるうことができないからです」
「わかります」
「返弥陀ノ介はわが友であり、弥陀ノ介よりこの話を聞きましたとき、わたしはわが友の頼みを即座に、了、と決め、本日おうかがいしました」
「いたみ入ります」(『五分の魂 風の市兵衛』P.33より)
いやあ、市兵衛はかっこいいなあ。自らの仕事に矜持を持ち、かつ友を無条件で信じる。弥陀ノ介も、幼きころに自身に温かい手を差し延べてくれた安川剛之進のために無償で事件の背景調査に協力していく。
「金は、まるでそれ自体が神聖なる生き物であるかのように、その仕組み、掟に粛々と従い、いっさいの迷いがないのです。金は偽りを申さず、汚れがなく、己の分を守り、ときには激しく、ときには雄々しくこの世をきり開いていくための神に与えられた道具なのだなと、私には思えました」
(『五分の魂 風の市兵衛』P.108より)
市兵衛は、「農民が作る米、杜氏が醸造する酒、商人が儲ける金、すべて潔い物だ」と言う。そして、「その神に与えられた道具の神聖な仕組み、掟を、偽りと汚れにまみれさせて己の分をこえさせ、ときとして物や金を邪悪な道具にまで貶めてしまう人々」を憎むのである。
物語には、ややショッキングなシーンも見られるが、それがあることで今回のテーマの重さにあらためて思いいたる。金と人の欲の本当の恐ろしさを描き出している。それは、今の世の中にも当てはまることで、市兵衛の鳴らす警鐘が聞こえてきそうだ。
主な登場人物◆
唐木市兵衛:渡り用人
渋井鬼三次:北町奉行所定町廻り同心。通称《鬼しぶ》
助弥:渋井の手先
柳井宗秀:柳町の蘭医
片岡信正:十人目付筆頭
返弥陀之介:小人目付
佐波:鎌倉河岸の京風小料理屋「薄墨」の女将
喜楽亭の亭主:深川堀川町の居酒屋
安川剛之進:公儀番方小十人衆旗本
安川充広:剛之進の息子で十六歳
石:充広の母
瑠璃:充広の妹で十四歳
お熊:入江町の金貸し
八重木百助:御徒衆
江:百助の妻
梅之助:百助と江の子
九郎平:岡場所の《ふせぎ役》
お蓮:九郎平の女房
多七郎:九郎平一家の若頭
長橋内記:本所二ツ目の学塾の師匠
平泉亮輔:充広の朋友
桂助:鐘の下にある女郎屋《駒吉》の亭主
お鈴:女郎屋《駒吉》の女郎
左金寺兵部:水戸の浪人で骨董商
中山半九郎:隠居で、元勘定吟味役
細田栄太郎:隠居で、元勘定吟味役
松平三右衛門:隠居で、元勘定吟味役
徳山坂内:左金寺の幼なじみで、剣の遣い手
奈々緒:左金寺の女房
峰岸小膳:左金寺の用心棒
高木東吾:左金寺の用心棒
校倉源蔵:左金寺の用心棒
飯酒処・喜楽亭の亭主
篠崎伊十郎:御徒衆組頭
川村:御徒衆
寺尾:御徒衆
菅沼善次郎:水戸城下町奉行所与力
辰造:逆井村の川漁師
柿沼金十郎:水戸家の勤番侍
物語●下禄の旗本安川剛之進の十六歳になる倅充広は、金貸しの老婆を斬殺する事件を起こした。算盤侍の唐木市兵衛は、友人で小人目付・返弥陀ノ介の頼みで、この春に元服をしたばかりの充広がいかなる事情で、老婆殺害に到ったのかを調べてほしいという安川家の願いを受けて、事件を洗い直すことになった。
調べを開始した市兵衛は、失踪した御家人一家の捜索に当たる北町奉行所定町廻り同心渋井鬼三次とたびたび遭遇し、二つの事件に関わりを見つけて手を組むことに。
やがて、事件の背後には、岡場所の顔役と羽振りのいい骨董商らの蠢きを嗅ぎつけ、二つの事件は“水戸”と“出資話”でつながる…。
目次■序章 うたかた/第一章 とりたて屋/第二章 水戸からきた男/第三章 逆井河原/終章 黄昏