ミステリーの名手で、「なめくじ長屋捕物騒ぎ」シリーズや『女泣川ものがたり』など、質の高い時代小説でも知られる、都筑道夫さんの幻の名作が、戎光祥出版より復刊されていました。(2014年5月の刊行でしたが、情報キャッチが遅れました)
都筑道夫さんのミステリには、学生時代にハマった記憶があり、いつまでも忘れたくない大切な作家の一人です。とはいえ、当時私は現代の推理小説一辺倒で、時代小説まで目を向けていませんでした。そんなわけで、復刊により、都筑さんの時代小説がまた読めるようになったことはこの上ない喜びです。
『神州魔法陣』(上・下)、『神変武甲伝奇』、『変幻黄金鬼 幽鬼伝』の4冊が、ミステリ・SF評論家の日下三蔵さんの編集・解説により、「都筑道夫時代小説コレクション」のシリーズとして刊行されました。
『神州魔法陣』上・下
江戸の町に相次ぐ若い娘の変死! 怪事件を引き起こしているのは、すでに死んでいるはずの人間たちであった! その謎を追う独楽使いの巳之吉と素浪人内藤端午は、おかめの面をかぶる辻斬りの額田新兵衛の凄まじい襲撃をかわしながら死人を操る怪老人の正体を探るが……。
小学生のころ、国枝史郎や角田喜久雄の伝奇小説を読みふけった作者は、「江戸の夜を騒がす奇怪な一味を相手に、ひとり戦う闊達な主人公、それに手を貸す侠気の怪盗、美貌の女すりといった伝奇ロマンの定石をまもりながら、それを現代の作品にするための新鮮なひねりを加えること」を課題に、この長編を生み出したそう。ミステリ研究でも大家だった都筑さんらしい、作品分析を生かした、伝奇時代小説創作論です。
この作品は、かつて(1980年8月)、富士見書房の「時代小説文庫」(収録作品のセレクションが素晴らしかった)で刊行されてから、三十年以上を経ての復活だが、内容は、少しも古びていません。
なお、初出(雑誌「小説推理」連載)時の挿絵を当時新進のイラストレーター(その後小説家に転身された)として活躍されていた橋本治さんが担当されていました。上巻の巻末に「橋本治イラストギャラリー」として再録されていて、今見ても斬新で面白いです。
海産物問屋伊勢屋の寮の留守居を頼まれた村尾平四郎は、百万両の在りかを示した迷子札の争奪戦に巻き込まれた。盗賊むささび小僧、大凧に乗って宙を舞う美少年・胡蝶之介、蛇身仏をあがめる尼僧たち。いくつもの思惑が絡み合う中、平四郎は、竹光べらぼう村正を振るう浪人左文字小弥太の助けを借りて財宝の行方を追うが……。
巨万の財宝をめぐって、登場するユニークな人物と、彼らが巻き起こす怪事件の連続で、「読みだしたら、やめられないおもしろさ」が満載の作品です。
ここで注目したいのが、伝奇っぽいキャラクターや事件を並べるだけでなく、作者が「江戸の人びとの生活、風俗をリアリスティックに」描いている点です。人びとの暮らしや住まいの様子から立ち振る舞いまで、当時の言葉で詳細に描かれていて、どれもが物語の展開の中で自然に説明されています。
なお、この作品に登場する左文字小弥太を主人公にスピンオフしたシリーズが『べらぼう村正 女泣川ものがたり』です。
天草四郎の末裔を名乗り、江戸の町で次々と怪事件を起こす、妖術師・天草小天治に、鉄の数珠玉を武器とする駒形の岡っ引・念仏の弥八、隠居した元同心の稲生外記、千里眼を使う盲目の美少女・涙の三人が挑む。
怪奇小説と時代ミステリを融合させたオカルト捕物長編『幽鬼伝』に加えて、著者二十代の力作「変幻黄金鬼」ほか初期四短編に、『幽鬼伝』原型となった文庫未収録作品「暗闇坂心中」を一巻に収めています。
『幽鬼伝』は、1988年11月に大陸書房の大陸文庫から刊行され、『変幻黄金鬼』は、単行本刊行時は『魔界風雲録』のタイトルでしたが、後に別のストーリーで長編の『魔界風雲録(『かがみ地獄』)』が書かれたために、1982年1月に富士見書房の「時代小説文庫」で出た際に、『変幻黄金鬼』に改題されたという経緯があります。
二十代の都筑さんの作品を読み貴重な機会が得られて、ファンとしてはたまらんです。