(いこくのきつね とげぬきまんきちとりものひかえ)
(とうごうりゅう)
[捕物]
おすすめ度:★★★★☆☆
♪東郷隆さんの作品には幕末をテーマした『大砲松』や『幕末袖がらみ』や、徳川宗春と吉宗の抗争を描いた『御町見役うずら伝右衛門』などがある。ユーモアにあふれた作品や、ディテールまで調べつくして書かれた作品など、一作一作の質が高くて安心して読める。
『異国の狐 とげ抜き万吉捕物控』は、幕末の江戸を舞台にした、芝神明の御用聞き・万吉親分が活躍する連作形式の捕物小説。万吉の水際立った捕物ぶりを描くともに、激動する時代の様子と江戸の風俗を映し出す作品になっていて、捕物帳の面白さが満喫できる。
とくに注目したいのは、登場人物たちの交わす江戸ことばと、当時の風俗が描かれている点である。
たとえば、万吉が子分の辰五郎に答える場面。
引用:
かちかちと拍子木が鳴って、何事かと辰五郎が戸外を覗いた。
「なんでえ、町内の布令かと思やあ、新網町かよ」
新網町というのは、願人坊主のことだ。芝のそのあたりには札配りや井戸の払いといった、乞食とも売僧(まいす)ともつかぬ連中が大勢住んでいる。
「真っ昼間、拍子木叩いて歩くのは、近頃御法度の第一だ。いっちょう走って行って、引きやしょうか」
「やめとけよ」
寝転がって借本なんぞをめくっていた万吉が、生あくびを噛み殺しながら言った。
(『異国の狐』「御台場嵐」P.89より)
願人坊主のほかにも、文政期、江戸の神道者が食えなくなって始めたという「わいわい天王」という言葉も紹介される。伊勢の猿田彦(天狗)の面を付けて、紅摺りの牛頭天王様の張り札を子どもたちに配り、「わいわい天王、騒ぐがお好き」などと唱えて踊り歩く商売である。
物語●「御鷹女郎」 品川の妓楼で公儀御鷹匠と女郎が頓死した。二人の死骸を近所の寺に運び込んだが、目を離した間に消えた…。
「御台場嵐」 真田信濃守中屋敷の近くの松林で「元旦の長五郎」と呼ばれる盗っ人が殺されていた。口の中には「御台場銀」と呼ばれる銀貨が入っていた…。
「白鷺屋敷」 浜松町の名代の菓子屋の数えで四つになる子どもが何者かに連れ去られた…。
「異国の狐」 万吉は鬼寒と呼ばれる評判の悪党に強請られている旗本に代わり、示談の金額を値切る交渉をすることになった…。
いずれも一筋縄でいかない事件ばかりだが、万吉の推理が冴える。
目次■御鷹女郎|御台場嵐|白鷺屋敷|異国の狐|解説 縄田一男