(おいえのいぬ)
(たけこういちろう)
[武家]
★★★★☆
♪戦国武将の生き様を描いた長編歴史もので活躍する岳宏一郎さん。戦国時代末期から江戸初期を駆け抜けた徳川の漢(おとこ)たちの存在感あふれる骨太の生き様を描いた中短篇集で、一話一話が読みごたえがあった。ここで描かれている大久保長安、大久保忠隣、本多正信、本多正純は、単なる家康の側近というばかりでなく、各々が激動の時代を生き抜いた者だけがもつ輝きを持っていて魅力的だ。若き日の大久保長安の外見を紹介するシーンが面白い。これだけで、一気に作品に引き込まれた。
藤十郎は異様な風体の大男だった。その男の体には、凹凸というものがなかった。家康には上半身より下半身の方が太く見えた。海獣に似ている、と家康は思った。北の海に棲むというあのとどとかいう海獣に。
とくに「花ざかりの杏の木」に描かれた本多正純が印象的だ。福島正則の改易の仕掛け人として悪評をもつ正純が、実際は正則の弁護に躍起となっていたという解釈が面白い。随所で見せる正純の素顔が、秀忠を取り巻く官僚たちと違い人間味あふれている。
こんな個性的な彼らを中心に、家康の半生を描くような長編小説を読んでみたくなった。ぜひ、岳宏一郎さんに書いてほしいと願っている。
物語●「とど」徳川家康が土屋藤十郎(後の大久保長安)と名乗る武田旧臣に引き合わされたのは、本能寺の変から四ヵ月後だった。古府中の故一条信竜邸で、遠江二俣城将大久保忠泰(忠隣)が、甲州入りの手引きをした、信玄の蔵前衆として藤十郎を紹介した…。「鷹狩り」江戸城西の丸の玄関を出た大御所家康は、不意に足を停め空を見上げた。鴉が五、六羽飛んでいくのが見えた。家康が隠棲の地駿府へ帰ると聞いて、諸大名や有力幕臣が見送りに駆けつけた。前夜、江戸年寄筆頭大久保忠隣は、領地小田原までのお供を申し出たが断られていた…。「花ざかりの杏の木」寛永十四年二月、幽閉先の出羽国横手の配所で、本多正純が亡くなった。正純は、二代将軍秀忠の強い不興を買って、配流に処された人物だった…。
目次■胡〓(けものへんに賓。ルビ=とど)|鷹狩り|花ざかりの杏の木|解説 縄田一男