(ごしゃめんどうしん つじさかひょうご)
(たかいれい)
[捕物]
★★★★☆
文庫書き下ろし
♪北町奉行所の「ご赦免同心」辻坂兵庫が活躍する捕物小説。「ご赦免同心」とは、南北奉行所に置かれた赦帳方(赦帳撰要方)の同心のこと。
赦帳方とは、沙汰済みの罪人が恩赦に値するかどうかを吟味する掛りで、寛政年間に生まれ実在の役職ながら、これまで時代小説ではあまり扱われることがなかった地味な存在。天皇、上皇の即位や崩御、改元、将軍家の慶弔の度に、恩赦の発令があるが、いつあるかわからない状態が続くために、仕事は細々と行われた。
天保十一年に北町奉行に就いた遠山金四郎景元が、形ばかりになっていた赦帳方に力を入れ、兵庫を見込んで同心に抜擢していた。
「辻坂殿は恩赦願い状をどう思われますか」
初めて梵賢と会った時、兵庫はそう尋ねられたことがあった。
「……願い人にとっては、血の滲むような思いで書きつづったものだと思っております」
(略)「人が人を裁く、人が人を赦す……いずれにせよ、人がすること。間違いがないとは言えますまい。この書状はそれを正すツテ。命綱でございます。それがおわかりの方にお預けしたいとねがっておりましたもので」
(『ご赦免同心 辻坂兵庫』P.35より)
恩赦願いは、寛永寺もしくは増上寺で受け付けていたそうだ。このあたりのシステムも解説されていて興味深かった。上の引用は、増上寺で恩赦願いを受け付ける役目を担っている僧の梵賢が兵庫に言ったことば。
「首を打つ以上、万に一つも迷いがあってはならない。それは正しい。されど、奉行所の調べには万に一つも間違いがないかと問われれば、残念だがその答えは否だ。人が人を裁くというのは難しい……」
「だからこそ、お前のような務めが必要なのではないのか」(『ご赦免同心 辻坂兵庫』P.159より)
この作品の読み味がよいのは、主人公が人間通であり、正義感と人情味にあふれるところからかもしれない。すぐれた捕物小説の特徴である、難事件を解決する過程も楽しめる。次回作が待ち遠しい新人作家の登場がうれしい。
主な登場人物◆
辻坂兵庫:北町奉行所赦帳方同心。三十八歳。
琴:兵庫の妻。三十三歳
辻坂平太:琴の実父で、兵庫の舅。元定町廻り同心
佐島雄之介:北町奉行所定町廻り同心
遠山金四郎:前の北町奉行
鍋島内匠頭:北町奉行
梵賢:増上寺の僧
吉弥:廻り髪結い
童庵:辻坂家の離れを借りる、蘭方医
後藤五三郎:備中新見藩士の次男で、山田浅右衛門の一番弟子
水野忠邦:老中
おゆう:小川町の紙問屋「和泉屋」の内儀
お糸:千駄木の植木職人の娘。十歳
安吉:妻慈町の大工
夜風の精五郎:盗賊
伍助:夜風の精五郎一味に加わって島送りになった男
粂三:平太が使っていた御用聞き
物語●
「紙屋の鬼」 小川町の紙問屋和泉屋で、女房のおゆうが我が子を殺したと自訴した。ちょうど同じころ、将軍の愛妾お金の方が、自らの命と引き換えに子を産んで亡くなるという悲しい出来事が起きていた。町方の出のお金の方の人気が絶大だったことから、愛し子を殺めたおゆうのことを人びつは「鬼母」と呼び、忌み嫌ったのである。
そんな中、孫のおゆうの無実を信じる老婆お吉は、恩赦の願い状を出した。ご赦免同心の兵庫は、事件を洗い直すことに……。
「幽霊恩赦」 兵庫は、「どうか、おとつあんをおたすけ下さい」という、十歳の子ども・お糸が書いた願い状を受け取った。しかし、三十両の大金を盗んだ罪で捕まった、お糸の父親は、ひと月前に死罪に処せられていた……。
「御家人殺し」 御家人菅原幸之助を殺した罪で、妻慈町に住む大工の安吉に、南町奉行鳥居耀蔵から斬首の沙汰が言い渡された。幸之助は、安吉の女房に横恋慕した挙句に惨殺していたが、なぜか罪には問われていなかった……。
「島帰り」 兵庫の舅で、元定町廻り同心の平太が関わった事件で島送りになった男・伍助が十二年ぶりに江戸に帰ってきた。その直後、平太が十手を預けていた粂三が何者かに殺された……。
目次■第一話 紙屋の鬼|第二話 幽霊恩赦|第三話 御家人殺し|第四話 島帰り