♪柳亭種彦というと、「偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)」で知られる戯作者である。ということぐらいしか基礎知識がないまま、読み始める。一筋縄ではいかない登場人物たちとのかかわりを通して、この人気作家の若き日の姿が活写されていて面白かった。
ちらっと登場する、立川談洲楼や式亭三馬が中心になって催されていた当時の「咄の会」=江戸時代の落語の会の様子が興味深かった。
主人公のペンネームの柳亭種彦(りゅうていたねひこ)の柳亭は、彦四郎が幼いころ癇癖が強く、気に食わないことがあるとすぐ暴れたために、父が心配して「風に天窓はられて睡る柳かな」という句を作って彦四郎を諭したことから、柳の文字を戒めとして身を慎むために柳亭の号を選んだということである。また、狂歌のときの狂名・心種俊(こころのたねとし)から種をとって種の彦である。
狂歌師や戯作者の号の由来は、シャレで付けられているものが多い。立川談洲楼(たてかわだんじゅうろう)の名は、自宅(本所相生町)の近くの竪川(たてかわ)と、団十郎の親友であるところから付けられている。したがって、落語家の立川談志さんは、たちかわではなく、(たてかわだんし)となるわけだ。一方、山東京伝(さんとうきょうでん)の京伝の号は、銀座一丁目の京橋際に住み、屋号を京屋といい煙草入れや煙管を売っていたので、京屋伝蔵(通称は岩瀬伝蔵で、深川木場の質屋の息子)を詰めて京伝というのである。
◆主な登場人物
高屋彦四郎:家禄二百俵の直参旗本
天野泉太郎:彦四郎の隣家の主人で、小普請組の旗本
甲:彦四郎の母
加藤彦四郎:大御番与力の二男で通称豆彦
榊原三樹之助:豆彦の悪友
石川雅望:小伝馬町三丁目の旅人宿の主人で、俳号六樹園、狂名宿屋飯盛
勝子:国学者加藤宇万伎の孫娘
大野木左近:六百石の旗本
立川談洲楼:江戸落語の中興の祖。戯作者烏亭焉馬、和泉屋和助、桃栗山人柿発斎の別号あり
りく:町芸者
渋江新之助:小普請組支配世話取扱
反町与左衛門:上総久留里藩大目付、戯作者梅暮里谷峨
西村屋与八:馬喰町二丁目の板元・永寿堂の主人
歌川国貞:画工
三吉:天野の弟子
物語●高屋彦四郎は、二百俵どりの小身ながら直参旗本だった。 文化元年、二十二歳の彦四郎は、小普請組で、知行地も代々の家来もなく、出世をする気もなく、狂歌や戯作の勉強会に盛んに参加していた…。何かを書き、板木に刷って世に問いたいという気持ちが年を追って強くなり、狂歌、狂文、随筆、考証のたぐいで、高屋彦四郎ありと、世に訴えたいのだった。
目次■第一話 豆彦入水/第二話 種彦出世/第三話 枇杷葉湯/第四話 六狂和睦/第五話 雨下投扇/第六話 浜歌舞伎/解説 野口武彦