湖賊の風
(こぞくのかぜ)
高橋直樹
(たかはしなおき)
[室町]
★★★★☆☆
♪室町中期、本願寺の蓮如が活躍した時代。類書があまりなさそうなので、新鮮。
将軍足利義教が暗殺されてから、足利幕府の権力は安定をうしない、応仁の乱へと進む世上の不安は高まりつつある中で、中世の秩序の崩壊は、その周辺の琵琶湖でも始まっていた。本書を読むと、今まで歴史・時代小説でほとんど描かれることのなかった琵琶湖周辺を舞台にしながらも、著者の鋭い歴史観を通して、室町中期という時代を新鮮に捉え直すことができた。
また、湖賊を取り上げたということで、海洋冒険小説ばりのシーンが随所に散りばめられていて、エンターテインメント時代小説としても傑作に仕上がっている。とくに、主人公の魚鱗と若い漁師の藤次郎が敵船に向かっていくところは手に汗を握るほどスリリングだ。
冒険小説につきものの、男たちの友情も盛り込まれている。船道上乗の鳥羽将監が、魚鱗に堅田衆の団結の印である、惣庄の旗を託すシーンでは、ウルウルとしてしまった。
蓮如に、「魚鱗、そなたは地獄へ落ちても他力にすがるまいとしている男」だと言わしめ、比叡山と本願寺の抗争を盛り込むなど、当時の宗教界の状況にも目配りがされていて見事。
魚鱗が時折訪れる、粟津の茶屋で働く娘アイの存在が男臭くなりやすい物語の中でアクセントとなっている。
物語●中世、琵琶湖の水運がもっとも栄えた時代である。日本の経済と政治の中心である、京都へ国中の物資が集まり、東国と北国の物資は琵琶湖によって京都へ運ばれていた。その琵琶湖の喉もとにある堅田(かたた)の町は、湖上水運を扼する位置を占めていた。水運の権益をめぐって、湖賊と恐れられている鳥羽将監(とばしょうげん)、向兵庫(むかいひょうご)らの船道(ふなど)衆たち、絶大な権力で君臨する比叡山延暦寺の有力坊院で堅田奉行として湖上関を周遊している護正院(ごしょういん)の竪者隆拓(りっしゃりゅうたく)、新興の本願寺門徒の商工民の全人(まとうど)を束ねる本福寺の住職法住(ほうじゅう)などが、それぞれ機をうかがっている。
そんな中に天才的な風読みと操船術をもつ、異端児・魚鱗(うろくず)がいた。当時の身分差別の底辺にあったチャリンコと呼ばれる湖漁師の出身だが、魚臭いと言われた幼い日の切なさと哀しさを胸に抱き続けて成長し、己を縛る全ての掟を嫌って、どの勢力にも属さず、既成の権威や権力に弓引いて自由に生きる快男児だった。
湖上水運の権益をめぐる諸勢力の戦いの中で、湖上関を破り、利幅の大きい物資を護正院の承諾なしに売りさばき銭を稼ぐ魚鱗は、湖の自由を求めて闘いつづける…。
目次■湖賊の風/解説 清原康正