(みゆきばれ みをつくしりょうりちょう)
(たかだかおる)
[料理]
★★★★☆☆
♪大坂出身の娘・澪が料理人として成長する姿をドラマチックに、かつ人情味豊かに描く『みをつくし料理帖』シリーズ第9弾。
さて、物語は、澪がかつて修業した料理屋のご寮さん(女将)で、今はともに暮らす、母親代わりともいうべき、芳に縁談が持ち上がるところから始まる。しかも、相手は江戸を代表する料理屋「一柳」の主人柳吾。柳吾には、澪も一緒に店に引き取って修業させて、一流の料理人に育てたいという心づもりもあった。
その澪は、幼馴染みの野江を吉原の遊郭から身請けする資金作りのために、吉原で料理を売り出すことを考えていた……。
自身の料理で成し遂げたいことが、澪にはあった。
十四年前、淀川の大水害によって孤児となり、運命に翻弄されることとなった幼子ふたり。花魁と料理人としてではない、野江と澪として再び出会い、互いを取り戻す、という心願。それを叶えずして、澪は己の将来を考えることなど出来なかった。
不幸な災害の記憶を消すことは出来ないし、亡くなった命も二度と戻らない。せめて狂ってしまった人生の歯車を修復し、ともに生き直したいだけなのだ。
(『美雪晴れ みをつくし料理帖』P.102より)
何気ない江戸の季節の描写の一つだが、女性作家ならではのきめ細やかさが感じられる。
寒紅ぃ、寒中の寒紅ぃ
唇の荒れに、丑の日の寒紅ぃ
九段下を流す紅売りの声が凍えている。丑の日に買う紅は荒れに聞く、と言われているせいか、売り子を呼び止める声が、あちこちで上がった。厳しい寒さと乾きとで肌の痛む季節になっていた。ことに水を触ることの多い者には、冬は辛い。
(『美雪晴れ みをつくし料理帖』P.60より)
このシリーズにたまらなく引き寄せられるのは、料理に身を尽くすヒロインの姿勢に共感を覚えるからかもしれない。
川風は相変わらず身を切るように冷たく、源斉は澪を守って風上に立ち、先に歩き始めた。その少しあとをついて歩きながら、澪は申し訳なさそうに告げる。
「料理のことを考え始めると周りが見えなくなるのが、自分でも情けないです」
「澪さんらしい」
源斉は眩しそうに娘を振り返る。
「料理に身を尽くす、という生き方を貫かれている。その姿に、私は時折り、無性に励まされるのです」(『美雪晴れ みをつくし料理帖』P.121より)
澪は、料理人として自身の前に現れた二つの道に迷う。
一柳の、贅を尽くした漆塗りの重箱に詰められるような料理か。
はたまた、土鍋から装うのが似合うような素朴で身体に優しい料理か。
目の前にふたつの道が現れたようで、澪は息を詰めて考え続ける。
――なあ、澪、料理の道でお前はんの人生の花を咲かせておくれやす
一柳で芳に言われた言葉が、耳の奥に響いていた。(『美雪晴れ みをつくし料理帖』P.199より)
「食は、人の天なり……」
(『美雪晴れ みをつくし料理帖』P.306より)
ああ、澪さん、迷い悩み抜いた末に、あなたは遂に自身の進むべき道を見つけたのですね。
シリーズ開始から五年、いよいよ次で最終巻を迎える。どんな結末が待っているのか、胸をワクワクさせながらそのときを待ちたい。
なお、『美雪晴れ みをつくし料理帖』の巻末に、小松原さまこと、小野寺数馬のその後を描いた掌編「富士日和」が収録されている。
主な登場人物◆
澪:つる家の料理人
芳:元は大坂「天満一兆庵」のご寮さん(女将)。今は澪とともに暮らし、つる家のお運びをする
種市:つる家の店主。澪に亡き娘つるの面影を重ねる
ふき:つる家の料理人見習い。弟の健坊は「登龍楼」に奉公中
おりょう:つる家の手伝い。大工の夫・伊佐三と一人息子の太一と暮らす
りう:つる家の下足番を務める老婆
永田源斉:御典医・永田陶斉の次男。自身は町医者
野江:澪の幼馴染みで、今は吉原翁屋の花魁・あさひ太夫
佐兵衛:芳の一人息子
物語●
つる家のお運びの芳は、江戸を代表する名料理屋「一柳」の主・柳吾から求婚された。悲しい出来事が続いたつる家にとって、ようやく訪れた幸せの兆しだった。しかし、芳は、一人息子の佐兵衛の許しを得てからと心に決めて、承諾の返事ができずにいた……。
一方、澪も幼馴染みで吉原の花魁あさひ太夫になっている野江を身請けする方策について、また自身の料理人としての行く末について、懊悩する日々を送っていた…。
目次■神帰月――味わい焼き蒲鉾/美雪晴れ――立春大吉もち/華燭――宝尽くし/ひと筋の道――昔ながら|巻末付録 澪の料理帖|特別付録 みをつくし瓦版|特別収録 富士日和