(きつねつり・しんたろうにんじょうしまつちょう)
(すぎもとあきこ)
[捕物]
★★★★☆☆
♪ 『おすず』『水雷屯(すいらいちゅう)』に続く杉本章子さんの「信太郎人情始末帖」の第三弾で、人情話と捕物帳の二つの要素が堪能でき、お気に入りのシリーズの一つだ。連作形式で、一話一話がオリジナリティがあってワクワクしながら読み進めた。
今回の巻では、歌舞伎の河原崎座で大札(勘定方)の下働きをする主人公・信太郎と恋仲のおぬいに子どもが生まれるところが人情物語でのヤマ場。お産前後の信太郎の心情や子どもが誕生したことで変わる信太郎の周囲の対応ぶりが見もの。信太郎とおぬいの恋とは別に、信太郎の幼なじみで下っ引きの元吉と医師の後家・お袖の恋も描かれている。
一方、捕物帳の要素の部分では、信太郎と因縁浅からぬ事件で捕らわれた賊が脱獄したことから物語が始まり、賊は復讐を企て信太郎の身に危険が訪れる…。
信太郎は許婚を捨てて、おぬいとの恋におぼれたことで勘当されたが、表題になった「狐釣り」の話では、勘当寸前の放蕩息子が「死一倍(しにいちばい)」という高利の金を借りる話が出てくる。死一倍とは、高利貸しのもとに、親が死んで跡式を継いだら、借り金の倍を返すという一札入れて、火急の金を借りることをいう。そういう手合いは、おおかた金持ちの息子で、人間が甘くできていて、ほとんどが親の死ぬ前に勘当されたりする危険性もあるために、高利になっている。
著者の杉本さんは九州福岡生まれで現在も福岡在住で著作活動をされているが、江戸の町を見事に描ききっている。こんなことが可能なのも、大学時代から江戸文学を研究され、歌舞伎にも精通されていることで、江戸のことばや風物を自分のものにされているからだろう。
物語●「闇の筋書き」小伝馬町牢屋敷から、槌屋押し込みで捕らえられていた盗賊の藤吉ら五人が脱獄した。犯人を捕らえる際に手柄のあった信太郎の身に危険が迫った…。「きさらぎ十日の客」信太郎の留守中に、五十年配の、商人風の男が訪ねてきたという。白髪交じりの頭で、物腰が柔らかで、着物が上物だという、応接した同じ長屋の瓦職人の女房は、信太郎の父ではないかという…。「第十四番末吉」信太郎の生家の美濃屋ではおぬいが信太郎の子を身ごもったということで、父で主・卯兵衛、母のおさだ、姉で木綿問屋嶋屋に嫁いだおふじの三人は、その善後策でどたばたしていた…。「狐釣り」庶子の順吉に店を譲ろうとしていた両替屋加納屋の主・惣八が総領息子の栄吉に殺された…。「死一倍」花川戸の五百蔵は、口の中で氷も解けないといわれるほど、冷血で名が通った金貸しだった。その五百蔵の命取りになる事件を信太郎の幼なじみで下っ引きの元吉が追っていた…。
目次■闇の筋書き|きさらぎ十日の客|第十四番末吉|狐釣り|死一倍|解説 阿部達二