名主の裔
(なぬしのすえ)
杉本章子
(すぎもとあきこ)
[人物]
★★★★☆
♪名主と聞くと、何やら田舎や農村部の話ように思ってしまう。ところが、本書によると、名主は江戸に二百六十余家もあり、草創(くさわけ)名主、古町(こちょう)名主、平名主、門前名主と四つの階層があって、番外には新吉原と品川の名主があるという。草創名主は、江戸の名主の中でいちばんの重きをなし、正月三日、町の総代として江戸城に参賀もすれば、町奉行交代のおりには真っ先に御目見をする。表題作の主人公・斎藤市左衛門は、草創名主二十四家のひとつ、斎藤家の九代目である。
斎藤市左衛門には、もう一つの顔がある。江戸の名所・旧跡をガイドした親子三代の大著「江戸名所図会」や徳川三百年の市井の動向を網羅した「武江年表」の筆者・斎藤月岑(げっしん)がそれだ。「名主の裔」では、この江戸の庶民の代表である市左衛門を通して、幕末から明治に向けて激動する時代をビビッドに描いている。意外な人物が登場するのも見逃せない。
「男の軌跡」は、作者の処女作で、第四回歴史文学賞の佳作に入賞している。主人公は、杉本さんが卒論で扱ったという「江戸繁昌記」の作者・寺門静軒である。ここにも一人江戸に恋し焦がれた男が描かれている。
縄田一男さんの解説がわかりやすく読後の整理にぴったり。
物語●「名主の裔」神田雉子町など六つの町を支配する名主の斎藤市左衛門は、紺屋の干し場の片隅にある番小屋で、吉原から大八車で持ち込まれる長持を待っていた。その長持には、ペリー一行の接待を務めることになる二人の遊女が隠されていた…。
「男の軌跡」谷中で私塾を開いている弥五左衛門は、仕官運動が不調に終わった水戸から我が家へ帰ってきた…。
目次■名主の裔|男の軌跡|解説 縄田一男