大盗の夜 土御門家・陰陽事件簿
(たいとうのよる・つちみかどけ・おんみょうじけんぼ)
澤田ふじ子
(さわだふじこ)
[捕物]
★★★★☆
♪安倍晴明を祖とする土御門家の京都触頭笠松平九郎が活躍する連作。江戸時代の陰陽師という設定が興味深いところ。
主人公の笠松平九郎は二十五歳だが、陰陽頭・土御門泰栄(つちみかどやすひで)の京都触頭(ふれがしら)の一人で帯刀人。触頭とは、土御門家が陰陽師として生業を立てる易者、人相見などの占い師たちを統括する役名である。土御門家は天和三年(1683)、江戸幕府から朱印状を授けられ、寛政三年(1791)、全国の陰陽師支配を法令で許された。占い師たちは、土御門家から職札(許状)の交付を受ける代りに、同家に貢納金を上納した。同家はその支配のために、全国各地に触頭を定め、江戸の浜町に江戸役所を構えていたほどだ。
澤田さんは、あとがきで、江戸の町には約千人の人相見・手相見が在住し、それは一つの長屋に一人ぐらいに相当し、かれらが庶民の人生相談に乗り、犯罪を未然に防ぐ役割をになっていたと書かれている。江戸が当時世界最大の人口を擁しながら、わずか三百人前後の役人で治安維持にあたり、犯罪の発生率が驚くほど低くかったことの要因の一つとして、陰陽師の存在を指摘している。その考えに沿って本書が書かれていて興味深い。
陰陽師というと、式神を飛ばしたり、霊や魔物と闘ったりする超常現象の遣い手を思い浮かべるが、平九郎は不可思議な現象が現れても、人間がすることには合理的な説明がつくことを知っていて、事件解決にあたっている。人間の心にある弱みをくみ取り、その弱みに取りつく魔物たちと闘うのだ。それは、変格の捕物小説であるとともに、市井小説ともいえる。
犯罪や暴力の被害が身の回りで頻発している近年の社会状況を考えると、江戸時代がなにやら、うらやましくなってしまう。同時に、われわれがIT・情報化社会、個人主義、価値観の相違など、時代の変遷の中で、人間として生きる上で大切なことをどんどん喪失してしまったのではないかと思われる。
『大盗の夜』では、さまざまなタイプの人の弱みが描かれている。犯罪者の心理、報復の念、嫉妬心、色欲など、妖怪や怨霊よりも怖いものは、やはり人なのかもしれない。
物語●「闇の猿」西船頭町の小間物商のかたわらで観相をしていた笠松平九郎の前に、たまたま通りかかった恰幅のいい五十過ぎの男が大きな取り引きを前に占ってほしいと声をかけてきた…。「夜叉神堂の女」夜叉神堂に夜毎、かすかな明かりが点り、若い女子が籠もり、誰も気味悪がって近づかないという奇怪な話が平九郎の耳に届いた…。「鬼火」雨がずっと降らずに暑い日々が続いている中で、五条橋に近い問屋町界隈で、裸の男がつぎつぎと首を吊って死んでいるという…。「鵜塚」美濃国岐阜で、諸国巡回を命じられた触頭の土佐久栄が何者かに襲われた。事件解決のため、平九郎は岐阜に派遣されることに…。「大盗の夜」仕立てのよいきものの上に厚手の道行(外套)を着た品のよい老女が手に竹編み底の大ぶりな手提げ袋を携えて四条小橋近くを歩いていたが、遊び人風の男に提げ袋を引ったくられた。その折、提げ袋の紐口から、茶色っぽいものが、ばらばらと路上にこぼれおちた…。「縞揃女油地獄」平九郎は、土御門家の家司頭の赤沼頼兼に呼び出されて、名代として油問屋の地鎮祈祷に立ち会い、榜示(ぼうじ)に四神を祈りを込めることを命じられた…。「朧夜の橋」土御門家・譜代陰陽師の土佐久栄は、雪の降った翌朝、二つの大きな雪達磨のかたわらで、幼い娘に土下座をして謝る若い武士を見かけた…。
目次■闇の猿|夜叉神堂の女|鬼火|鵜塚|大盗の夜|縞揃女油地獄|朧夜の橋|あとがき/解説 大野由美子