公事宿事件書留帳 十八 奇妙な賽銭
(くじやどじけんかきとめちょう18 きみょうなさいせん)
澤田ふじ子
(さわだふじこ)
[市井]
★★★★☆
♪公事宿「鯉屋」の居候・田村菊太郎が活躍する市井人情時代小説シリーズの第18作。
久しぶりだなと思ったら、16作目の『千本雨傘』と17作目の『遠い椿』を抜かして読んでいた。戻って読み直さなきゃ。一話完結の連作形式なので、あいだの巻が抜けても物語の世界に違和感はないのだが、連続性が途切れると少し気持ちが悪い。
さて、本編でも京の市井を舞台にさまざまな人間模様が描き出されている。
「かたりの絵図」と「まんまんちゃんあん」では勧善懲悪、「暗がりの糸」と「奇妙な賽銭」では向日性の人物と因果応報など、作者の得意な世界が広がっていて、ファンにはうれしいところ。
そんな中で気になったのが「虹の末期」の話。一見、純愛物語と読めるが、登場人物の心情描写を読んでいくと、作者の健康状態が気になってくる。体のどこも悪いところがなくいつまでもご健康に執筆活動を続けておられることを願っている。
澤田さんの時代小説のもう一つの魅力は、京の文化や地理、江戸時代のことなどを物語の中に巧みに織り込まれていること。
京都は江戸や大坂にくらべて狭い町に、人がひしめき合って住んでいる。
知っている人の知っている人が、自分の身近に暮らしていることは、稀ではなかった。
そのために生活訓として、人と決定的な喧嘩をするな、人の話に深入りするな、謂われなく人から物をもらったり供応を受けたりするなといわれている。(『奇妙な賽銭』「かたりの絵図」P.30 yori)
そのほかにも、戻橋、京狩野家、石門心学(せきもんしんがく)、邯鄲師(かんたんし)、悉皆屋(しっかいや)、押込め、袴垂保輔(はかまだれやすすけ)、合羽、納屋衆、人足寄場、隠岐島、御所八幡神社、北野新地、根付などについて、わかりやすい解説が施されている。
主な登場人物◆
田村菊太郎:公事宿「鯉屋」の居候
お信:菊太郎の恋人で、団子屋「美濃屋」を営む
右衛門七:「美濃屋」で団子を焼く男
源十郎:公事宿「鯉屋」の主
お多佳:源十郎の妻
吉左衛門:「鯉屋」の下代
喜六:「鯉屋」の手代
佐之助:「鯉屋」の手代見習い
正太:「鯉屋」の丁稚
お与根:「鯉屋」の小女
田村銕蔵:東町奉行所同心組頭
曲垣染九郎:東町奉行所同心
岡田仁兵衛:東町奉行所同心
福田林太郎:東町奉行所同心
小島左馬之助:東町奉行所同心
お百:「鯉屋」に飼われている老猫
「かたりの絵図」
岩井四郎兵衛:二条城城番頭
お佐和:金物問屋「菱屋」の一人娘
新右衛門:お佐和の父
お留伊:お佐和の母
狩野幸信:京狩野派の絵師
重吉:『菱屋』の奉公人
藤兵衛:茶道具屋「林屋」の主人
「暗がりの糸」
惣兵衛:「そば鶴」の主人
おゆう:「そば鶴」の女子衆
宗助:おゆうの父で、太物問屋「十八屋」の主人
おまさ:宗助の妻で、宗助が台所女中お松との間に作ったおゆうをいじめる
宗十郎:宗助とおまさの息子で、おゆうの異母兄
お雪:宗助とおまさの娘で、おゆうの異母姉
孫兵衛:「十八屋」の番頭
市助:「十八屋」の手代
平次:古着屋「葛屋」の主
安吉:川魚料理屋「魚善」のお店さまの甥
「奇妙な賽銭」
多吉:街道人足で博奕の天才
お里:多吉の亡くなった女房
蓑助:多吉の八つになる息子
太兵衛:賭場の親分
卯之助:太兵衛の子分
お鈴:扇屋町の長屋に住む娘
定七:お鈴の弟
「まんまんちゃんあん」
弥助:人足
お千代:弥助の娘
定右衛門:人足寄場「吉野屋」の主
又兵衛:「吉野屋」の人足小頭
市川平十郎:西町奉行所同心
六兵衛:そば屋「更科」の主
八十吉:「更科」のそば打ち職人
長左衛門:積荷問屋「八文字屋」の主人
於菊:長左衛門の娘
伊八:「八文字屋」の人足小頭
岩熊の安蔵:北野新地のやくざの親分
卯三郎:安蔵の手下
「虹の末期」
おきわ:老婆
おみね:おきわと同じ長屋の下駄の歯入れ屋の女房
お時:おきわと同じ長屋の積荷人足の女房
彦太郎:錠前直し屋
猪助:彦太郎の叔父で錠前直し屋
徳兵衛:紙問屋「紙富」の主人
太郎左衛門:紙問屋「巴屋」の元主人、おきわの父
お滝:おきわの母
伊兵衛:「巴屋」の番頭
市郎兵衛:伊兵衛の遠縁の男
お熊:「巴屋」の女中
「転生の餅」
吉兵衛:北野新地の南に「島」を持つやくざの親分
吉十郎:吉兵衛の息子で、吉兵衛一家の若頭
政吉:吉兵衛の子分
喜助:博奕好きの籠屋
お福:喜助の女房
七蔵:突抜町の長屋に住む子ども
弥市:突抜町の長屋に住む子ども
お茂:弥市の母で、機織
富市:弥市の父で古傘買い
重松:突抜町の長屋に住む子ども
正吉:突抜町の長屋に住む子ども
源斎:骨医者
井坂弥九郎:東町奉行所吟味役
坂上伝七郎:東町奉行所町廻り同心
彦助:下っ引き
物語●「かたりの絵図」激しく雨が降り、鴨川が増水し、三条大橋が崩落しそうな日、菊太郎は、傘もささずに全身ずぶ濡れになり、足袋裸足のままひたすら歩く異様な若い女を見かける。女は雨に濡れそぼったまま、幾つも町筋をすぎ、二条城のお堀に身を投げてしまった…。
「暗がりの糸」菊太郎は、鰊そばがうまい「そば鶴」の主人から、女子衆として店で働くおゆうの身の上話を聞く…。
「奇妙な賽銭」街道人足として働く多吉は、賽の目を読む天稟に恵まれていたが、博奕を嫌ったお里に賭場への出入りを固く禁じられていた。去年の末にお里が死んでから、夜になると賭場へ出かけて荒稼ぎをした金を長屋に持ち帰ってくる毎日を送っていた。賭場で稼いできた数種の金銀は、人目に触れぬように米甕や瀬戸の小壺に隠されていた。
多吉の八つになる息子蓑助は、父親が賭場で荒稼ぎをしていたら、そのうち人に怨まれて殺されてしまうだろう。母親のお里が成仏できないと思っていた…。
「まんまんちゃんあん」
積荷問屋で真面目に働く人足の弥助は賭場の喧嘩で人に疵を負わせて隠岐島へ四年送られ、罪を償って帰って来た島帰り。そのため、この一年半余りの間に働き先を転々と六つ替えてきた…。
「虹の末期」六十を過ぎたおきわは、一年近く前から癌を患って長屋で臥せっていた。悪性の腫瘍が腹部にできて、それは身体の他の部分にも転移している末期症状と、同じ長屋の人々に告げられていた…。
「転生の餅」北野新地のやくざ一家の若頭の吉十郎は、博奕の借金の取り立ての帰りに、足許の石を踏んで転び右足首の骨を折ってしまった。新地の五番町遊郭を仕切るやくざで若親分とも呼ばれている吉十郎が足の骨を折ったと知られれば外聞が悪い。困っている吉十郎を、近所で遊んでいた子どもたちは自分らの長屋に運び込んだ…。
目次■かたりの絵図|暗がりの糸|奇妙な賽銭|まんまんちゃんあん|虹の末期|転生の餅|解説 縄田一男