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動かぬが勝

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動かぬが勝動かぬが勝
(うごかぬがかち)
佐江衆一
(さえしゅういち)
[短編]
★★★★☆

久しぶりに佐江さんの短編集を読んだ。表題作を含む七編の短編を収録。はじめの三編は剣豪小説で、後半の四編は市井ものになっている。また、剣豪小説の主人公たちは、中年から初老の域に入った男である。佐江さんの時代小説の世界が堪能できる作品集といえる。

表題作「動かぬが勝」は、商家の主人が隠居後に剣術修行を始めるという設定がユニークで引き込まれる。幕末の剣術ブームの様子がよく伝わってくる。剣道の有段者である著者らしい、剣の立合いシーンの緊張感が何ともいえずいい。

「峠の剣」は、読んだ記憶があるなあと思っていたら、新潮文庫から出ていたアンソロジー『時代小説 読切御免第二巻』にも収録されていた。三国峠の湯治場を舞台に、武家システムの不条理と人の老いを描いた作品。

「最後の剣客」では、鬼県令の三島通庸が県令として着任した明治十七年の栃木県が舞台となっていて、これまであまり描かれることがなかった時代であり、興味深く読めた。

「江戸四話」は、大晦日(冬)、薮入り(春)、暮色(夏)、虫聴き(秋)と、江戸の季節を感じさせる四つの掌編から構成される、不思議なトーンの作品。

不思議なトーンといえば、「木更津余話」と「水の匂い」も郷愁とファンタスティックな思いを漂わせた短編。

「永代橋春景色」は、短編集の最後に読むのにふさわしいハートウォーミングな物語で、心地よい余韻を残して本を置くことができた。

アクションの痛快さや謎解きのスピード感を重視した文庫書き下ろし時代小説が全盛の今、時にはこうした短編集をゆっくりと味わうのも悪くないと思う。「スローフード」ならぬ「スローブック」の勧めといったところか。

主な登場人物
「動かぬが勝」
上州屋幸兵衛:深川佐賀町の油問屋の隠居
おみね:幸兵衛の妻
盛太郎:幸兵衛の孫
おたえ:盛太郎の母
杉山三左衛門:香取神道流の町道場主
小谷文太夫:下谷長者町一刀流道場の老武士
大河原権八郎:浅草新堀の直心影流島田道場の高弟

「峠の剣」
絹:沼田藩の納戸役をつとめた藩士の後家
木村武兵衛:元越後長岡藩で徒士頭をつとめた藩士
木村小太郎:武兵衛の孫
木村喜左衛門:武兵衛の父
木村源之丞:小太郎の父
梶原左近:源之丞の朋友で近習役

「最後の剣客」
岩間仁助:浅山一伝流の遣い手で、川路聖謨に仕える徒士
有馬伝七郎:薩摩藩士で示現流の遣い手
川路左衛門尉聖謨:外国奉行
千代:仁助の妻
福田幸吉:仁助の隣人
植竹:巡査
垂水角之進:栃木県警察副部長で県警察の剣道師範

「江戸四話」
治平:浅草元鳥越町の質屋の主
おまき:治平の女房
浅井重兵衛:質屋の客の浪人
安吉:神田鍛冶町の鍛冶屋の丁稚
佐吉:飾り職人
おきく:小料理屋三州屋で働く女

「木更津余話」
茂七:木更津船妙見丸の水手
弥助:茂七の父で、元は船頭
松五郎:妙見丸の船頭
木更津亭柳勢:落語家で、茂七の幼な友達の子之吉
門付けの女太夫

「水の匂い」
勘太:芝神明の料理茶屋の追い回し
福松:娘軽業師
女座長

「永代橋春景色」
神保又七郎:元大田原藩出身の浪人で無双流の剣の遣い手
おせい:小料理屋「瓢」の女中
新之助:迷子の七歳の幼子
木場の重蔵:賭場の親分
松吉:重蔵の子分で鎌鼬の異名を持つ
誠次郎:海辺大工町の材木商江州屋の若旦那

物語●「動かぬが勝」五十歳を過ぎて店を息子に譲って隠居して、剣術を始めた上州屋幸兵衛。杉山道場に入門して七年目、五十七歳のときに、熱心な道場通いの末に切紙目録を受けた。還暦を過ぎて、富岡八幡宮の奉納試合に出場するが…。

「峠の剣」家督をゆずって隠居した沼田藩の納戸役だった夫に三年前に先立たれた、妻の絹は、名に不自由ない老後の日々を送っていた。湯治に訪れた法師の湯で、病の老翁をおぶった六十年配の男・武兵衛とその孫小太郎と出会った…。

「最後の剣客」二十三歳で浅山一伝流の免許皆伝を受けた岩間仁助は、師の推挙で幕臣の川路聖謨に用心棒役として仕えた。ある日、薩摩藩士で示現流の遣い手であった有馬伝七郎と立ち合って敗れ、右手首を斬りおとされてしまった…。

「江戸四話」深川の質屋の主の大晦日から新年を描く〔新年の客〕、正月十六日の薮入りの日の丁稚の一日を描く〔薮入り〕、坂で出会った男と女を描く〔三年坂暮色〕、老父を背負って道灌山にやってきた男を描く〔道灌山虫聴き〕の四話を収録。

「木更津余話」木更津船の水手の茂七は、木更津甚句を唄う門付けの女太夫に、年甲斐もなく、心臓が高鳴るのを感じた…。

「水の匂い」七月十六日の薮入りの日、丁稚の勘太は、西両国の盛り場の見世物小屋で、娘軽業を見た。お目当ては娘軽業師の福松で、その白塗りの妖しく美しく哀しい笑顔に夜も眠れないほど、魅せられてしまった…。

「永代橋春景色」又七郎は富岡八幡宮に初詣に行った帰りに、永代橋で大川の河口に眼をやって佇んでいる女を見かけた。話しかけようとしたとき、五つか六つと思える幼い男の子に袖を強く引っ張られて父上と呼びかけられ、付きまとわられた…。

目次■動かぬが勝|峠の剣|最後の剣客|江戸四話|木更津余話|水の匂い|永代橋春景色|解説 縄田一男

カバー装画:横田美砂緒
デザイン:新潮社装幀室
解説:縄田一男
時代:「動かぬが勝」文久二年。「峠の剣」明記されず。長岡藩主牧野備前守忠精のころ。「最後の剣客」明治十七年。「木更津余話」安政四年。
場所:「動かぬが勝」深川佐賀町、仙台堀、富岡八幡宮。「峠の剣」法師の湯、永井宿。「最後の剣客」野州都賀郡間中村。「江戸四話」三年坂。「木更津余話」木更津河岸。「水の匂い」両国。「永代橋春景色」永代橋。ほか
(新潮社・新潮文庫・438円・2011/10/01第1刷・275P)
入手日:2011/11/05
読破日:2012/01/22

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