捨て童子・松平忠輝 上・中・下
(すてどうじ・まつだいらただてる)
隆慶一郎
[伝奇]
★★★★☆☆ [再読]
♪久しぶりに「忠輝」を読んだ。ぼくにとって、元気を出したいときに読む本の筆頭にある本だ。忠輝は、徳川の御曹司にして、九十歳以上まで生きがら、歴史上ほとんどその功績が残っていない謎の人物である。しかし、この隆さんの作品の中の彼は颯爽としている。超人的な能力を持ち、性格的にも好ましく、多くの人から愛され、その言動は快い。
たとえば、忠輝が傀儡子の娘・雪と出会うシーン(上巻・P179)
「そうか」
忠輝は一言いうと、着ているものをくるくると脱ぎ捨て、下帯一本の裸になった。
「これでいいかい」
この行動で、彼は傀儡子の一族にいっしょにいることを認められる。
ただ、このような美点は、実は政治の舞台では無用のものであり、為政者には邪魔なものらしい。また、忠輝は、剣術(家康と同じ奥山流)や体術に優れているばかりでなく、語学の天才であり、国際的な視野を持ち、現代人のようなものの考え方も見せる、きわめてユニークなキャラクターとして描かれていて、隆さんの作品に共通する独自の史観とあいまって、新しい時代小説の創出を印象づけている。
タイトルにある「捨て童子」とは、捨て子というよりは、この世のものならぬ異形のもののことを指す。酒呑童子(しゅてんどうじ)の名は、もともと「捨て童子」が訛ったものらしい。
◆主な登場人物
徳川忠輝:徳川家康の第六子。文禄元年に江戸で生まれる。
徳川家康:忠輝の父
皆川山城守広照:下野長沼城主で、捨てられた忠輝の養父となる
お茶阿の方:元遠州金谷宿の鋳物師の妻。家康の愛妾で忠輝の母
本多正信:家康の側近
花井三九郎(遠江守吉成):お茶阿の方の娘婿で、忠輝の義兄
大久保長安:猿楽師の次男で、徳川の代官
雨宮次郎衛門:大久保長安の部下で手代
才兵衛:次郎衛門の従者で武田忍者の末裔
徳川秀忠:二代将軍
於江の方:秀忠の妻
奥山休賀斎:上泉秀綱に新陰流を学び、自ら奥山流を開く
柳生宗矩:秀忠の兵法指南役
千姫:秀忠の娘
鳥居四郎右衛門:柳生宗矩の部下
雪:傀儡子の娘
柳生石舟斎:宗矩の父
淀君:豊臣秀吉の愛妾で秀頼の母
豊臣秀頼:大坂城の主
ソテーロ:スペイン人でフランシスコ会修道士
ウィリアム・アダムス:イギリス人三浦按針
ひょっとこ斎:大久保長安配下の忍び
五郎八姫:伊達政宗と正室愛姫の間の娘
小侍従:五郎八姫の付人
山田長門守:川中島藩家老
ブルギーリョス:フランシスコ会修道院づきの医師
猿飛佐助:真田忍び
藤堂高虎:伊賀上野城主
九鬼長門守守隆:志摩五万五千石領主
大野道犬:大坂城代家老大野修理治長の弟
竹:雪の妹
伊達政宗:仙台藩主
支倉六右衛門:仙台藩士。常長といわれているが、「長常」の方が正しいらしい
ビスカイノ:イスパニア大使
花井主水正:三九郎の長子で越後福嶋藩家老
馬場八左衛門:大久保忠隣家に預けられた老武士
片桐且元:大坂方の重臣
木村助九郎:柳生の高弟
物語●徳川家康の第六子として生まれながら、容貌怪異なために、生まれ落ちてすぐ家康に「捨てよ」といわれた“鬼っ子”松平忠輝の異形の生涯を描く伝奇ロマンの傑作。
慶長三年九月、鬼怒川沿いの道で、大久保長安の部下の雨宮次郎衛門は、汗を抑えようとして、顔をつけた水の中に不思議な生き物を見た…。
目次■序章/鬼子/川中島/麒麟/紛争(以上上巻)|高田城/和解工作/越後/禁制/決起/遣欧使節(一)(以上下巻)|遣欧使節(二)/忠隣始末/その前夜/決断/旅立ち/執筆を終えて/隆慶一郎の人と作品 縄田一男/付記 縄田一男(以上下巻)