(てんをさく みずのかつなりほうろうき)
(おおつかたくじ)
[戦国]
★★★★☆☆
♪作者は、第18回歴史群像大賞において佳作入賞をして、本作が小説デビュー作。主人公は、信長が永楽銭の旗印を与えた戦巧者で、天下人の秀吉に命を狙われた、家康の従兄弟、水野藤十郎勝成(みずのとうじゅうろうかつなり)。実父から奉公構(破門)の重い処罰を喰らい、家を出て放浪の果てに、徳川家に戻り、最後は大名になるという波乱万丈の人生を送った、実在の人物。
元忠も感心した様子であった。鉄炮の早撃ちには、技術を要する、扱いこそ簡易だが、奇襲への対応は難しいのだ。
「つまり今はな、虚を衝く一騎駆けこそ有効よ。そのまま将まで穿てば、潰走確実」
「ぬう」
思わずであろう。忠重も唸っていた。
(『天を裂く 水野勝成放浪記』 P.16より)
信長も認めたという、水野勝成のいくさ人としてのセンスというか風狂ぶりが見事。
馬に乗り、鑓を持つだけで美しい。掛け軸の中に入れたくなる程だ。そんな絵になる男が、はるか前方を眺めている。水平に持たれた鑓の先は、羽柴方に向けられている。
「奴ら、いい旗の色だぞ。藤十郎」
敵軍の旗が、向かいの山に並んでいた。その色は、素直に軍の威をあらわす。進む旗は輝き、逃げる旗は濁るものだ。
「じゃあ、いくか?」
勝成は、気軽に問うた。
「ああ」
直政も気軽に応じる。お互い、色街にでも繰り出すような呼吸であった。
(『天を裂く 水野勝成放浪記』P.30より)
勝成と井伊直政の男同士の友情と、二人の「戦バカ」としての凄みが伝わってくるシーン。
笛は筒にしまわれ、代わって大太刀が握られた。
大きい。刀身だけで五尺(約一・五メートル)はありそうである。
(中略)あの水野は振るつもりらしい。見ものである。
十文字鑓が、勝成を突いた。
勝成は、刀の峰で刃を受けた。そのまま腕をひねると、鑓は峰を滑り、大きく軌道が逸れる。勝成は、そこから刀をさらにひねった。馬の腹下に、刃が入る。
肉を斬り裂く、すさまじい音が響いた。
勝成は馬を下から寸断し、同時に騎乗する男まで切り捨てたのである。
肉片と化した人馬が、勝成の背後に崩れた。弾けた血潮が地に落ち、赤い一の字を作った。
あまりにも凄まじい光景に、敵も味方も固まった。
だが、勝成は構わず刀を拭い、再び笛を吹き始めた。
(『天を裂く 水野勝成放浪記』P.107より)
勝成の婆沙羅ぶりがいいなあ。
「なんだい、制書って?」
それも、勝成は初耳であった。櫓に登り、番をしていたときにようやく聞いた。
「五箇条の定書だよ。ようするに、揉めごとを起こすなということだろう。ほら、これだ」
制書の写しを鳴門介に見せられた。
(『天を裂く 水野勝成放浪記』P.115より)
実父から勘当されて「奉公構」の処分を受けた勝成は、家を捨て、名を変えて、仙石秀久、佐々成政ら、小西行長、加藤清正、立花宗茂、黒田長政ら、錚々たる大名に仕えて戦場を渡り歩く。佐々成政のもとでは、阿波鳴門介と出会い、戦では二人で組んで抜群の功を挙げていくが、肥後を所領として与えられた成政は、一方では秀吉からの制書により動きを牽制されていた。
「ああ。で、話によると藤十郎な、大坂で算盤を覚えたらしい。あっという間だったそうだ。
「器用な男です」
その程度は難なくこなすだろうと思った。だが、主の目はどこか悲しげである。
「天は、あれに才を与えすぎたな」
「悪いことですか?」
「賢い狼など、辛いだけだろうさ」
云われてみれば、確かにその通りである。
萌える草が利口でも、這う虫が利発でも仕方がない。かえって己の智にのたうつだけだろう。それを思うと、勝成の悩みとは、いかほどのものか? 強いゆえに、心病むこともありそうだ。
(『天を裂く 水野勝成放浪記』P.182より)
戦バカでありながらも、算盤もできるというのが面白いし、その才がその後の人生を変える道具にもなっている。
江戸時代ほど戦国時代に詳しくないとはいえ、この物語を読むまでは、水野勝成の存在を全く知らなかった。今まで小説の主人公になってこなかったことが不思議なほどでもある。一部の戦国ファンには、「鬼日向」(勇猛ぶりと、誰も受けようとしなかった日向守の官位、明智日向守光秀の所蔵していた鑓を受けたことから)として知られた存在らしい(ウカツだった)。
水野勝成については、「Wikipedia 水野勝成」の項が詳しいので、本書読了後に目を通されることをすすめる。
隆慶一郎さんの『一夢庵風流記』の前田慶次(郎)を想起させる、婆沙羅な快男児ぶりが面白くて、ノンストップで読んだ。新人作家らしい粗いたところも含めて魅力的な一冊。フレッシュなヒーローとの出会いに感謝。
主な登場人物◆
水野藤十郎勝成:徳川家康の従兄弟
水野忠重:勝成の父で、刈谷の城主
水野忠胤:勝成の弟
水野勝俊:勝成の嫡男
鳥居元忠:家康の股肱の臣
井伊直政:井伊谷衆を率いる、家康の家臣
松平忠吉:家康の四男で、直政の娘婿
森武蔵守長可:織田家家臣、森蘭丸の兄
杉山孫六:水野家家臣で鉄炮の名手
佐々成政:織田家家臣
今川氏真:今川義元の嫡子
仙石権兵衛久秀:羽柴家武将
石田佐吉(三成):羽柴家家臣
石川伯耆守数正:家康の元家臣で、その後、秀吉の家臣となる
阿波鳴門介:佐々成政の家臣
堀尾吉晴:秀吉の小姓衆
加藤清正:肥後半国を治める武将
木山弾正:天草の国人衆の客将
黒田長政:黒田官兵衛の嫡男
後藤又兵衛:長政の家臣
三村親宣:備中の豪族
三村親成;親宣の父で隠居
加賀井重望:美濃加賀井城の城主
福原長尭:石田三成の娘婿
物語●
天正十年八月、甲斐・黒駒で北条方と戦う徳川軍の中で、家康の従兄弟にあたる水野勝成は、一騎駆けで敵将の首を獲る功を挙げるが、帰陣すると父の忠重からお家の大事を考えてないのかと殴られる。
その戦いの後、徳川家康は甲州を含めて五カ国を手に入れたが、中央は主君信長の仇を討った羽柴秀吉が押さえていた。行き場をなくして困った、信長の次男・織田信雄は家康に助けを求めた。家康はおよそ十倍の兵力を持つ羽柴方と敵対することになった。
勝成は、盟友の井伊直政とともに要所・長久手へと派遣される。勝成は敵軍の重鎮・鬼武蔵こと、森長可に一騎討ちを仕掛けて成敗するが、手柄は戦場で目立つ赤備えの井伊谷鉄炮衆のものになる。怒りで自制心を失い部下を無礼討ちしてしまった勝成は、父から勘当され、他家への奉公ができなくなる「奉公構」(破門)の処分を受けてしまう…。
目次■第一章 風狂/第二章 流転/第三章 血河/第四章 命の光/第五章 関ヶ原/第六章 友誼/エピローグ