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生きる

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生きる生きる
(いきる)
乙川優三郎
(おとかわゆうざぶろう)
[武家]
★★★★☆☆☆

発表する作品がいずれも秀作ぞろいの乙川さんの最新文庫。第127回直木賞受賞作品の『生きる』をはじめ、3つの中篇を収録した作品集。

この本を読んでいて三度泣いてしまった。一度は渋谷のエクセルシオール・カフェで「生きる」を読んでいるときで、周囲から変な人のように見られたのではないかと、ちょっと恥ずかしくなってしまった。二度目は「安穏河原」のクライマックスで、三度目は解説まで読み終えた後であった。二度目と三度目は家だったので、家族から「またか」という眼で見られるだけですんだが…。

「生きる」は周囲から殉死することを当然視されながら、藩の執政からは、殉死を禁じられた初老の男に課せられた過酷な運命を描く中編。「生きる」ということを貫き通す難しさを考えさせられる感動的な作品。作中で効果的に描かれる菖蒲の花に強い印象を持った。

「安穏河原」は、信念とと矛盾をあわせもっと父と一つ思い出をよすがに一途に生きる娘、深い絆の父と娘と関わることで、生きる意味を問い直す若者の三者三様を描いた好編。物語構成もオリジナリティがあって見事。

「早梅記」は、隠居した初老の武士が半生を振り返り、出世や自身のエゴのために、失ったものの大きさや大切さを痛感する一編。主人公に関わる二人の女性が印象的。主人公が愛したしょうぶという女中から『隠し剣孤影抄』を思い出した。

乙川さんは、この珠玉の名品ぞろいのこの作品集で、直木賞を受賞した。縄田さんの解説で、その選評の一部が引用されていた。いずれも一読すると作者論、作品論を簡潔に言い表したものになっている。選者の一人、平岩弓枝さんの「いつの間にか乙川さんは暗さの中の明るさを捕えるのが巧みになっていた。暗さの中の強さを具体的に描く意志を持たれたようだ」というコメントが素晴らしい。以前から乙川さんの作品については、山本周五郎さんや藤沢周平さんの作品と比較され、「第二の○○」と言われることがあったが、この作品であらためて自分の作風を確立したことを証明している。

この作品集は、人生の岐路で迷った時など、これからも折に触れて読んでいきたい、そんな大切な一冊です。

物語●「生きる」新参の家臣ながら、藩主に寵遇されてきた、馬廻組五百石の石田又右衛門は、老齢の藩主が病臥していることから、漠然と、亡き藩主への忠誠を示す追腹(殉死)を考えていた。そんなある日、筆頭家老・梶谷半左衛門より呼び出されて、藩主の危篤を知らされ、死去時の追腹を禁じられた…。「安穏河原」浪人の子として生まれた伊沢織之助は、口入れ屋を通じて幾度か同じ仕事をした浪人・羽生素平(はにゅうそへい)から、深川の永代寺門前山本町の裾継(すそつぎ)にある女郎屋へあがって、おたえという女郎と過す金をもらった。おたえは六年の年季で売られた、素平の娘・双江だった…。「早梅記」一年前に致仕して隠居生活を送る五十四歳の高村喜蔵は、屋敷を出て片道半刻ほどの距離のある逆井川へ釣竿を持って散歩にでかけた。隠居した途端に、卒中で妻のともを亡くし、反りが合わなくなってしまった息子夫婦と暮らす生活の中で、わけの分からない淋しさ・疎外感を感じていた…。

目次■生きる|安穏河原|早梅記|解説 縄田一男

題字:村田篤美
装画:篠原貴之
装丁:坂田政則
解説:縄田一男
時代:「生きる」慶安四年。「安穏河原」延享二年。「早梅記」明記されず、江戸後期。
場所:「生きる」北国の十一万石の某藩。「安穏河原」信州飯田、下谷竹町、永代寺門前山本町の裾継、下谷同朋町、柳島村竜眼寺、新橋(あたらしばし)、柳原。「早梅記」太平洋岸の某藩。
(文春文庫・467円・05/01/10第1刷・261P)
購入日:05/01/17
読破日:05/01/23

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