(ぼっちゃんにんじゃばくまつけんぶんろく)
(おくいずみひかる)
[幕末]
★★★★
♪『石の来歴』で1994年に芥川賞を受賞した奥泉さんのちょっと珍しい時代小説。作者はあとがきで、「『坊ちゃん忍者幕末見聞録』という題名は、いうまでもなく夏目漱石の『坊ちゃん』から来たものだ。いったいどこが『坊ちゃん』なんだと問われると、少々答えにくいものがあるが、少なくとも、年少の頃より『坊ちゃん』を愛読してきた私が、その面白さを自らの手で再現したいとの欲望を出発点にして書いた作品であるのは間違いない。むろん出来あがったものは、あらゆる点で漱石の名作とは異なるが、読者の皆様に楽しんで頂けたら幸いである」と、執筆動機を書いている。この作品について、過不足なく説明されているように思われる。教科書などで断片的には読んできて知っているが、実は『坊ちゃん』を通して読んでいないこともあり、私にはどこがそうだと言いづらいが、作品の雰囲気が坊ちゃん風と言われれば納得してしまう。このあたりは、末國さんの解説でフォローされている。
奥泉さんの作品は初めて読むこともあり、「忍術を習って得をしたことなど一度もない。」という書き出しにびっくり。幕末を舞台にしたシリアスな忍者小説を考えていたので。気が付くとそのユーモアあふれる世界に引き込まれた。
主人公の松吉が坊ちゃんに当るわけだが、漱石のイメージとはかなりかけ離れていて、ギャップにニヤリ。出羽の国から松吉といっしょに京を目指す寅太郎と春山平六、苺田幸左衛門ら仲間の青春群像が昔のTV『俺たちの旅』みたいで楽しくてちょっとせつなさがある。
「見聞録」とタイトルに付いているように、この田舎者たちが長州、薩摩、新撰組が入り乱れて、尊皇攘夷の嵐のような京にやってきて、いろいろなことを見聞する。坂本龍馬や沖田総司ら著名人も登場し、松吉らと関わりを持つ。
古き良き映画のようなスラップスティックな場面もあり、堅い頭を解きほぐすのにぴったりの作品だ。
物語●松吉は、霞流忍術を伝える横川家十六代甚右衛門のもとにで七つの年から養子として育てられた。十六歳で元服したときに、霞流忍術の目録を与えられたが、忍術といっても泰平の世のものでほとんど役に立たないようなものだった。甚右衛門も練り薬を作ったり、医者の真似事をしていた。松吉は、五つ下の妹・お糸に医者になると誓って、「江戸へ行く」という幼なじみで大庄屋の孫・鈴木寅太郎に連れられて出羽の国を出る。鶴ヶ岡の城下で学問と剣術を習うようになった寅太郎は尊皇攘夷思想にかぶれていた。そのため、二人は同郷で敬愛する清河八郎がいる京を目指すことになる…。
目次■第一章 霞流/第二章 春の旅じたく/第三章 旅は道連れ/第四章 京の雲雀は/第五章 国士の酒盛り/第六章 蓮牛先生/第七章 聞いて極楽、見て地獄/第八章 祇園豆腐の味わいは/第九章 スクランブル/第十章 祇園精舎の蝉の声/第十一章 コンコンチキチンコンチキチン/あとがき/解説 末國善己