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浪花ふらふら謎草紙

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浪花ふらふら謎草紙
浪花ふらふら謎草紙

(なにわふらふらなぞぞうし)

岡篠名桜

(おかしのなお)
[市井]
★★★★☆

大坂の名所を案内を始めたヒロイン花歩が、浪花の人情に触れながら、謎解きをする、大坂町歩き小説。

プロフィールによると、著者の岡篠さんは、大阪府出身で在住。『空ノ巣』で2005年度ノベル大賞・読者大賞を受賞しデビュー。主に、集英社コバルト文庫に、「月色光珠」シリーズ、「花結びの娘」シリーズ、「玻璃」シリーズがあるように、少女小説で活躍してきた人。本書は、岡篠さんの初の時代小説。

『うちとこも呼び込みしたらええのに』
 さと屋には主夫婦と花歩、番頭に奉公人、女中がひとりずつ。相部屋が三つと女部屋ひとつの計四部屋という店の大きさに見合った人手しかないが、その人手もときに余ることがある。何なら、自分がお客を連れてくる――いつだったか、まだ幼かった花歩がそう言ったとき、養父であるさと屋の主、喜兵衛は『やめとき』と一蹴した。
『あんたがそないなこと、せんでええ』
 そのあと、えらく難しい顔で考え込んでいた喜兵衛はしばらくして、店の表の屋号の横に「浪花組」と書かれた新たな看板を掲げた。
 
(『浪花ふらふら謎草紙』P.12より)

浪花組(のちに浪花講)は、あるひとりの行商人が文化年間のあたまごろに立ち上げた旅籠の組合。ぼったくりや強引な客引き、相部屋同士のもめごとなどの憂慮をできるだけ除くべく、優良旅籠を指定し、その看板を掲げることで旅人に安心安全な宿泊を提供する仕組み。旅籠名は、道案内を兼ねた組発行の「浪花組道中記」にも記されていた。

本書に興味を持ったのは、主人公が大坂の旅籠、しかも浪花講指定の宿屋の娘という設定から。旅籠を舞台にした時代小説というと、『御宿かわせみ』がまず頭に浮かぶ。

 自分がどこの誰なのか、父はどんな男だったのか、からきし覚えていない。
 だからだろうか。
 さと屋の娘として不自由なく育てられながら、花歩は物心がついたころから、残された絵の風景を探し、町をさまようのが日課となった。朝からひととおり、家と旅籠の仕事を手伝って、また、夕方、新たな宿泊客を迎え入れる準備をするまでの空いた時間に、花歩はふらふらと大坂の町をさまよい歩く。
 
(『浪花ふらふら謎草紙』P.30より)

花歩は三つぐらいのときに、さと屋に置き去りにされた子ども。父親らしき男は絵師で、さと屋に滞在中に花歩を連れて、あちこちに出かけては絵を描いていたという。そして、あるとき宿から姿を消して、あとには数枚の風景画が残された。

「まあ、それだけやないけど。うちは損得抜きで花歩ちゃんのこと好きやし、町の人らも花歩ちゃんがあんまりふらふらするから放っとかれへんのやろうし。花歩ちゃんがおとうはんの残した絵の景色探して回る姿はそのまんま町の名物やもんね」
 
(『浪花ふらふら謎草紙』P.89より)

ふらふら歩きをしながら、町の魅力を人に話していた花歩は、友人の佐名に勧められて、「浪花名所案内」を始めることに。

「まあ、あそこ。すごい人だかり。何でしょう」
 ほかの参拝者と共に坐摩さんの鳥居を抜けると、若菜が境内の一角を指した。寺町にはなかった活気のせいか、いちものようにすぐ絵馬掛けに、とはならない。
「さあ……あっ、もしかしたら富くじを売ってるのかも」
「富くじ?」
「いろんな神社で売られてます。ほら、知らはりません? 『東海道中膝栗毛』」
 
(『浪花ふらふら謎草紙』P.137より)

物語は、『東海道中膝栗毛』が刊行されて約二十年後。坐摩神社は、弥次さん喜多さんが富くじを拾って大騒ぎになる場所でも。

「花がひとりで歩く、やなんて、あんたの名前やあるまいし」
「でも、この目で見たんやもん」
「曇った遠眼鏡で、やろ? ひいふうみい……――鉢植えの数も減ってない。ちゃあんと二十七、あるわ」
「おかしいなあ」
 
(『浪花ふらふら謎草紙』P.171より)

花歩と植木屋の当主の会話。松竹新喜劇のようなやり取りも楽しめる。

「あんたがこの町のこと、大事に想うてるいうんがようわかる」
 思わぬことを言われたような気がした。けれど藤二郎の言葉は、すとんと花歩の中に落ちてきた。
「うん――」
 商いでこの町を訪れる者。ひととき立ち寄って過ぎる者。何かを求めてやってくる者。できるならそのすべてのひとに、この町のよさを知ってもらいたい。気持ちよく過ごす手伝いがしたい。心からそう思う。
 
(『浪花ふらふら謎草紙』P.287より)

大坂の町並みばかりでなく、人々の生活も感じられる、楽しい少女時代小説。続編を期待したい。

主な登場人物
花歩:旅籠『さと屋』の娘
喜兵衛:さと屋の主で、花歩の養父
登美:さと屋のおかみで、花歩の養母
源助:さと屋の番頭
たえ:さと屋の女中
仙吉:絹織物の行商人
佐名:唐高麗物屋「蟋蟀堂」の娘
亀助:小間物屋かる屋の手代
峰岸千代太郎:安土町の草紙屋「柊屋」の倅で、西町奉行所町方同心の家に養子に入る
峰岸徳之進:千代太郎の伯父で、養父
藤二郎:千代太郎の父で徳之進の弟、「柊屋」の主
松次:藤二郎の次男
旅籠「照屋」のおかみ
伊佐治:高麗橋の呉服屋「伊勢屋」の手代
若菜:鶴山藩大坂蔵屋敷蔵役人・益沢資の娘
きく:益沢家の老侍女
瑞保:若菜の姉
廻船問屋「北野屋」の主人
兵太:船絵馬師
泉雲:坐摩宮の近くの仕舞屋に住む隠居
遠眼鏡屋の小父さん
松井吉助:百花園「松井吉助」の当主で、大坂一の植木屋と謳われる名人、とりわけ「吉助牡丹」と呼ばれる牡丹が評判
竹内壮馬:東町奉行所・天満同心竹内真尋の息子
鈴弥:新進気鋭の芝居小屋・新屋の太夫
佐市:天満宮門前に店を構える造花屋の主
亥助:佐市の弟子
景太郎:長崎出島商館長一行の従者
有川:西町奉行所の同心
上原:与力
陣九郎:北久宝寺町の合羽屋「巳野屋」の親類で、懐徳堂に通う
浅吉:平野町の茶問屋「春宗」の息子

物語●
「浪花の子」ふらふら歩きの花歩は、本町橋でさと屋に投宿中の仙吉を見かけて声をかけた。仙吉は越前の出の絹織物の行商人で、三日前からさと屋に宿泊していたが、昨夜は宿に帰ってこなかった。その仙吉が白い猫に一匹の魚を与えていた…。

「恋絵馬」八軒家浜の船着場で具合の悪くなった娘・若菜を助けた花歩は、自社巡りの案内を依頼される…。

「紙牡丹」高津の宮の絵馬堂で、遠眼鏡をのぞいていた花歩は、百花園「松井吉助」で、鉢植えの牡丹のひとつがひとりでに動く不可思議な光景も見かけた…。

「愁押葉」江戸参府を終えた長崎出島の阿蘭陀商館長の一行の異国人の一人が、蝶を追って大坂の裏長屋に迷い込んだ。偶然その場に居合わせた花歩は、商館長一行の従者の景太郎と異国人を連れて、大坂における彼らの定宿・銅座本陣へ向かった…。

目次■浪花の子|恋絵馬|紙牡丹|愁押葉|あとがき

イラストレーション・本文イラスト:中島梨絵
カバーデザイン・本文デザイン:百足屋ユウコ(ムシカゴグラフィックス)
時代:文政十三年(1830)(二年前にシーボルト事件が起こる)
場所:本町橋、八軒家浜、高麗橋、伏見町、心斎橋筋、百間堀川、鳥屋筋、寺町、道修町、坐摩神社、高津の宮、百花園、道頓堀、天満天神宮、過書町銅座、平野町ほか
(集英社・集英社文庫・550円・2013/01/25第1刷・292P)
入手日:2013/02/01
読破日:2013/02/17

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