円周率を計算した男
鳴海風
(なるみふう)
[芸道]
★★★★☆☆
♪第16回歴史文学賞受賞作。最近、ミステリーやホラーの分野で理系の作家の活躍が目立つが、遂に時代小説の分野にも有望な新人が登場した。本書は、東北大学大学院機械工学専攻修了の著者に、ふさわしい算学をテーマにした作品である。
明治というフィルターを通して見ることが多いせいか、江戸時代の算学(和算)は、西洋のものに比べて劣っているのではないか、と思われがちだが、実際はそうではないらしい。円周率の研究は、西洋では16世紀の終わりごろから始まり、17世紀の最高記録は、小数点以下35桁という記録がある。一方、日本では寛文三年(1663)、村松茂清が円周率の求め方とその値を小数点以下21桁まで求めている。そして、本書の主人公の一人、建部賢弘の円周率に関する研究が始まる。
年代順に並んだ6編の小説を通して、江戸時代の算学の歴史が俯瞰できる好著。とくに「空出」が爽やかで読み味がいい。
物語●「円周率を計算した男」建部賢弘は、甲府藩徳川綱豊に仕え、勘定吟味役を務めていた。三年前から同藩の算術家・関孝和に弟子入りしていた…。「初夢」大晦日を迎えた平野忠兵衛は、来年から銀座の年寄り役に推されることが決まり、ある決心をした…。「空出」久留米藩士多賀清七郎は、妻の手を握ったまま身じろぎもせずに、医者が臨終を告げる声を聞いた…。「算子塚」御普請方鈴木安明は、出羽の村山郡から遠縁の家に養子に入ったが、堤防の一部が決壊したという知らせを受けて、千住の大橋を北へ向かい、同役の神谷定令に助けられた…。「風狂算法」越後の水原出身の若手算術家山口和は、師の娘、綾乃を苦手としていた…。「やぶつばきの降り敷く」陸前生まれの三吉は、神田中橋にある長谷川寛の数学道場に、同じ村の肝煎りの次男の佐藤秋三郎と一緒に入門した…。
目次■円周率を計算した男|初夢|空出|算子塚|風狂算法|やぶつばきの降り敷く|あとがき