銭五の海 上・下
(ぜにごのうみ・じょうげ)
南原幹雄
(なんばらみきお)
[海洋]
★★★★☆
♪海の日が近づいてきたので、2年以上前に、文庫化されたときに購入したまま、ツン読だった作品を取り出して読んでみた。主人公の銭屋五兵衛は、江戸後期を代表する豪商で、最盛期にはその出身地をもじって“海の百万石”とも呼ばれていた。その豪気な成り上がりぶりと、悲劇的な晩年(実はそのために今まで読むのをためらっていたところもある)のために、小説の題材になることも多い。
江戸時代というと、士農工商というぐらいで、武士が主人公となることが多く、その侍としての生き方が共感を呼ぶことが多い。しかし、細かく見ていくと、ある場所やある時期においては、武士よりも誇り高く潔い生き方をした町人たちが見られることがある。たとえば、加賀国は、百万石の石高をもち、多くの武士を抱え、武士の地位がとりわけ高い土地柄である。また、江戸開府以来将軍家と婚姻を通じて、密な関係を築き、幕府を支える雄藩のひとつとなっている。そうした背景から、きわめて保守的な風土であった。こうしたところから、突然変異のように現れた銭屋五兵衛の存在は、何から何まで対照的で際立って見える。
幕藩体制が経済的に破綻し、もともとは、戦のための軍事力であった武士が、長く続く平和な時代の中で官僚化したり、パラサイト化したりしてしまった江戸後期。サムライ・スピリッツを喪ってしまった武士よりも経済力で社会を牛耳った商人たちの方が人間的な魅力を感じてしまうのも当然のところかもしれない。読書中、海の百万石の爽快さに比べ、陸の百万石の因循姑息さに、何度ため息がでたことか。『鴻池一族の野望』『疾風来り去る』など、商人が魅力的に描かれ、商と士の対立をドラマチックに扱うのは、南原さんの作品の特徴のひとつでもある。
薩摩藩の家老・調所笑左衛門や加賀藩の黒羽織党が登場するのも興味深い。
物語●加賀・宮腰で小さな質屋と両替商を営む銭屋五兵衛は、質流れの百二十石の小さな中古船を手に入れた。三十代の後半で、中肉中背のがっしりした体格をした五兵衛は、海への憧れ、千里の波涛をわたる海運業への夢が立ち切れず、ボロ船で3人の乗組員とともに、大坂へと向かった…。
目次■初航海/蝦夷へ/横恋慕/鵝眼銭印/刺客/船底の中/謎の船/教諭局/兼六園/宝林丸/復活/母と娘/逃亡者/錦江湾/黒羽織党/オロシア船/乳房(以上上巻)|サハリン/大飢饉/ウルルン島/天保の改革/暗殺者/黄金の輝き/墓参/銭屋王国/常豊丸/河北潟/賄賂千両/難破/波除開/秋時雨/死魚/疾風怒涛/解説 菊池仁(以上下巻)