天下を呑んだ男 「秀吉」が生れた朝
(てんかをのんだおとこ・ひでよしがうまれたあさ)
中村隆資
(なかむらりゅうすけ)
[戦国]
★★★☆
♪新進作家によるリレー小説『のきばしら』の第一番手で巧みな技を発揮した中村隆資さん。この作品は、NHK大河ドラマ『秀吉』で竹中直人さんがブレイクした頃に、「歴史人物フェア」の一品として刊行されたもの。ちなみにそのフェアのキャラクターは、竹中直人さんだった。ただ、どうも秀吉が苦手で食指が動かなかった。
「丁重なご会釈ありがとうございます。身共は針の担い売りを致しおります藤吉郎と申します」折り目正しい挨拶である。針売りといいながら、武家奉公の経験があると看えた。だが十六、七という歳のわりには顔つきが暗い。黒目がちの両眼に精気がない。
タイトルにあるように秀吉(藤吉郎)の若い頃というわけだが、今までの秀吉とだいぶイメージが違うところが大胆。さらに作者が大胆なのは、この無名時代(もちろん信長に仕える前)の藤吉郎の身に、ある一夜に起こったことのみで、長編に仕立て上げた点である。
秀吉の存在そのものが奇跡的なことを考えると、こういうホラ話っぽいアプローチもありかなと思わせる、不思議な味の作品だ。
物語●東海道吉田宿の諸国御旅人宿「まつみや」に、三年ぶりに縁覚法師という僧がやってきた。何やら宿の主人とは顔見知りのようだが、風変わりな酒好きの破戒僧らしい。その夜、宿には針売りの青年、古手屋と絹布屋、薬売りと荏胡麻油商人、若い百姓夫婦、土倉の小頭と小間物売りと山伏ら…。
目次■第一章 持ち込み/第二章 相部屋/第三章 同朋/第四章 田楽法師/第五章 どん底/第六章 呼び水/第七章 瓢箪/第八章 馬鹿伝染り/第九章 盃上の天/第十章 跡白浪/あとがき/解説 奥野健男