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しのぶ梅 着物始末暦

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しのぶ梅 着物始末暦
しのぶ梅 着物始末暦

(しのぶうめ きものしまつごよみ)

中島要

(なかじまかなめ)
[市井]
★★★★☆

著者の中島要さんは、2008年、「素見(ひやかし)」で第二回小説宝石新人賞を受賞し、若き町医者を描いた長編『刀圭(とうけい)』でデビュー。本書は、初の文庫書き下ろし。イケメンの着物の始末屋・余一を主人公にした連作形式の市井小説。

 たとえ遊ぶつもりがなくとも、おかしな恰好で吉原には行けない。そう思って着てきたきものをこんなところで台無しにされるとは。何てこったとうなだれると、再び男の声がした。
「おめぇさんも変わったお人だ。こういうときは、財布が無事でよかったと喜ぶもんじゃありやせんかい」
「冗談じゃない。このきものがいくらすると思ってるんだ」
 ちっともわかっていない相手に綾太郎は噛みついた。

(『しのぶ梅 着物始末暦』P.24より)

主人公の余一が、呉服太物問屋の若旦那の綾太郎に初めて出会うシーン。正月用に誂えたきものを掏摸に汚された綾太郎に、「この程度の汚れなら、洗えば元通りになる」と言い放つ余一。

「おれは掏摸でも盗人でもねぇ。きものの始末をする職人だ。ここにいるとっつぁんも、一応まっとうな古着屋ですぜ」

(『しのぶ梅 着物始末暦』P.46より)

余一はきものの始末をする職人、つまり、染み抜き、洗い張り、縫い直しはもちろん、染め直しや仕立てまでやってのける、きものの何でも屋であった。染めなら染め、縫いなら縫いと職人は一つのことだけを行うもの。この物語の面白さは、余一がきものの何でも屋ぶりを発揮して、事件を解決することにある。

 職人なら、誰よりきものの価値がわかるはずだ。安物のきものより、高価なきものに手をかけたいと思って当然ではないか。つっかえながらも尋ねれば、余一は大きなため息をつく。
「手の込んだきものはきれいだと思うし、つくった職人はえらいと思う。だが、そういうきものにことさら値打ちがあるとは思わねぇ」
「何だって」
「きものは着るからきものなんだ。着なけりゃただの布きれじゃねぇか。金に飽かせて何枚もきものを誂えた挙句、ろくすっぽ袖も通さねぇもんの染みを落として何になる。そんもんより、洗い張りや染め直しをして着続けられたきもののほうが、はるかに値打ちがあるってもんだ」

(『しのぶ梅 着物始末暦』P.53より)

余一の真骨頂が見られる場面。『大隅屋』の若旦那の綾太郎との価値観の違いが際立っていて面白い。

「染み抜きやら、洗い張りやら――きものに関わることなら、何だってやってくれるのよ。余一さんに頼めば、どんなきものも見違えるくらいきれいになるんだから」
 さらに力を込めて言うと、染弥は小さく首をかしげる。
「てぇことは、悉皆屋かい」
「違うわ、余一さんは職人よ。きものに関わるあれこれを全部ひとりでやっているの」

(『しのぶ梅 着物始末暦』P.80より)

悉皆屋とは、染み抜きや染め直しなど素人の手に余るような仕事をよろず請け負う店のことで、上方での呼び名。ただし、店は受け取って、職人に仕事を回すだけ。悉皆とは「ことごとく、すべて」の意味。

きものを題材の中心に据えたユニークな時代小説で読み味もよい。余一の活躍をまだまだ楽しみたいので、続編を期待したい。

主な登場人物
余一:神田白壁町のきものの始末屋
綾太郎:日本橋通町の呉服太物問屋『大隅屋』の若旦那
綾太郎の父
平吉:綾太郎の幼馴染みで、日本橋通町の菓子司・淡路堂の跡取り
八重垣:吉原の西海屋の花魁
唐橋:吉原の西海屋の花魁
六助:柳原の古着屋の店主
長吉:六助の隣りの見世の男
お糸:神田岩本町の一膳飯屋『だるまや』の娘
清八:一膳飯屋『だるまや』の主人。お糸の父
染弥:柳橋の芸者
振袖夜鷹の女
理恵:田所町の小間物屋・風見屋の主人
竪大工町の大工
お玉:大伝馬町の紙問屋『桐屋』の娘
光之助:『桐屋』の主人で、お玉の父
お耀:お玉の母
お比呂:お玉の祖母
おみつ:お糸の幼馴染みで、『桐屋』の奉公人
物語●
「めぐり咲き」日本橋通町の呉服太物問屋『大隅屋』の若旦那の綾太郎は、吉原で、幼馴染みの平吉に会った帰り、吉原の門前で、正月用に誂えたおろしたてのきものにしみをつけられてしまう。通りがかりの苦みばしったいい男に、「この程度の汚れなら、洗えば元通りになりやすよ」と言われる…。

「散り松葉」一膳飯屋「だるまや」の娘・お糸は、ふとしたことから、柳橋で評判の芸者染弥と知り合いになり、染弥から襦袢の半衿を付け替えることを頼まれる。しかしながら、お糸は以前は裁縫が苦手だったが、ある男に基本を教わってから得意になっていた…。

「しのぶ梅」柳原で土手に日暮れてから出る夜鷹の中に、振袖を着た二十七、八の渋皮の剥けたいい女が現れて噂になっていた。最下層で身を売る女が、未婚の若い娘が着る振袖姿で客を引くということ型破りな存在で、柳原で古着屋を営む六助は気になっていた…。…。

「誰が袖」八百屋の娘おみつは、継母と実の父に邪魔者扱いをされて、家を出て行き先がないところを、大伝馬町の紙問屋、桐屋の娘お玉に助けられ、桐屋に奉公することになる…。

目次■めぐり咲き|散り松葉|しのぶ梅|誰が袖|付録 主な着物柄

装画:田尻真弓
装幀:albireo
時代:明記されず
場所:吉原・江戸町二丁目、浅草寺門前、日本橋通町、柳原の土手、神田白壁町、米沢町、大伝馬町、岩本町、ほか
(角川春樹事務所・時代小説文庫・619円・2012/11/18第1刷・267P)
入手日:2013/02/16
読破日:2013/03/04

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