べっぴん あくじゃれ瓢六捕物帖
(べっぴん あくじゃれひょうろくとりものちょう)
諸田玲子
(もろたれいこ)
[捕物]
★★★★☆
♪長崎で唐絵目利きをしていた経歴を買われて、捕物の手伝いに娑婆と牢獄を出たり入ったりをする色男、瓢六を主人公とした捕物小説シリーズ。『あくじゃれ』『こんちき』に続く3作目。
今回の最大の見所は、謎の別嬪(べっぴん)の登場。弥左衛門が恋焦がれる八重や、売れっ子芸者のお袖とは、また別のタイプの美人に引き込まれて、物語はこれまでよりもシリアスな展開に。
女は庇の下の暗がりに身を寄せていた。手拭いをかぶっているは、顔を隠そうというのか。体つきも華奢だが、手拭いの下から覗く横顔は透き通るようだ。目鼻立ちもととのって、掃きだめに鶴、といった風情である。
(中略)
「気になることがあるなら、行ってみちゃどうだ? 飯も酒も旨いぜ」
瓢六がいうと、女は顔を隠していたのも忘れたように、まっすぐに瓢六を見た。涙目のように眸がうるんでいる。ありったけの悲哀を封じ込めたような目の色だった。
「なんなら一緒に行ってやろうか」
そんな暇はないはずなのに、思わずいっている。
女はあとずさりをした。次の瞬間にはもう、子兎を想わせる敏捷さで駆け去っていた(『べっぴん』P.34より)
一膳飯屋「きねへい」をうかがう謎の美女と瓢六の出会いのシーン。作者は春信の美人画から抜け出したような、儚げな風情の別嬪と描くと同時に、いわくありげな感じをうまく伝えている。
「……あのね旦那、六さんは今、なにかを探そうとしてるんですよ。そのなにかを見つけるまでは、じゃましたくないんです」
もうしばらくお世話になりますと、お袖は神妙に頭を下げた。(中略)
瓢六といい、お袖といい、似たもの同士だと思う。しおらしいかと思えば小憎らしい。したたかと思えば、やけに物わかりがいい。二人そろって、人たらし、ということだろう。
(『べっぴん』P.119より)
このシリーズの読み味の良さは、瓢六をめぐる周囲の人物とのやりとりや人情である。とくに、相愛の二人、瓢六とお袖の関係がいい。
瓢六は牢を出た後、お袖の家に居候し、お袖一人に稼がせて、自分だけはのうのうとしていることに、後ろめたさを感じ、お袖の家を出る。そして、自分探しを始めるストーリーも描かれていく。
主な登場人物◆
瓢六:四年前に博打の一斉検挙にひっかかり、小伝馬町の大牢にぶち込まれる。長崎で唐絵目利きをしていた経歴を買われて娑婆と牢獄を出たり入ったり、捕物の手伝いをするようになった、とびきりの色男
篠崎弥左衛門:北町奉行所定廻り同心
政江:弥左衛門の姉、小日向の賄方組屋敷へ嫁ぐ
菅野一之助:弥左衛門の上役の与力
お袖:自前芸者で、瓢六の恋人
後藤忠右衛門:公儀賄方組頭
八重:忠右衛門の娘
おくめ:八重の侍女
源次:岡っ引
杵蔵:亀久町の飯屋「きねへい」の主人。闇の世界につながっている男
お加代:杵蔵の別れた女房
ちえ婆さん:元紅絹の蹴出し専門の湯屋泥棒で、今は「きねへい」で働く
作次郎:かつて掏摸で、「きねへい」で働く
平吉:杵蔵の一の子分
興津屋弐兵衛:貸本屋賀野見堂の主人
鶴吉:賀野見堂の手伝い
筧十五郎:絵師
朝太郎:瓢六の幼なじみ
八太郎:亀戸町の船宿大亀屋の主人
木元矢兵衛:自称浪人で、実は奥羽の小藩の下級武士
おしず:山本町の米屋幸八の主の姉
宗太:打ち毀しをはかる男たちの一人
長七:大和町の左官で、博打で検挙されて人足寄場に収容される
矢吉:長七を博打に誘った男
梅若:お袖の芸者仲間という女
万五郎:元板前で、今は盗賊の「百獣の牙五郎」
忠助:研ぎ師
おちょう:平吉と同じ長屋に暮らす痘痕面の女
おいさ:中野村に暮らす元産婆の老婆
物語●御船手頭を務める旗本家の家宝の屏風が盗まれると事件が起こり、北町奉行所定廻り同心篠崎弥左衛門は、探索に唐絵目利きの瓢六の力を借りることに……。
一方、瓢六は亀久町の一膳飯屋「きねへい」に入り浸っていた。「きねへい」の主の杵蔵はかつて料理屋で板前の修業をしていたが、今は裏の世界へつづく入口の鍵を握る人物で、悪党どもに顔が利き、悪評の高い武家や暴利を貪る商家など、善人の顔をした悪人に敢然と闘いを挑む大胆不敵な人柄で、瓢六は全幅の信頼を置いていた。
ある日、瓢六は、「きねへい」を探る謎めいた女に出会った。春信の美人画から抜け出したような、儚げな風情がなんともいえない、男ならだれでも手を差し伸べたくなるような別嬪(べっぴん)だった…。
目次■きらら虫/女難/春の別れ/災い転じて/金平糖/べっぴん/杵蔵の涙/解説 関根徹