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四文屋 並木拍子郎種取帳

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四文屋 並木拍子郎種取帳
四文屋 並木拍子郎種取帳

(しもんや・なみきひょうしろうたねとりちょう)

松井今朝子

(まついけさこ)
[痛快]
★★★★☆

北町奉行所定町廻り同心の弟で、狂言作者見習いの並木拍子郎が活躍する捕物シリーズの第四弾。『一の富』『二枚目』『三世相』と、巻数にちなんだ三文字のタイトルが付いていて、何巻目かがすぐわかる。

タイトルの四文屋は、芋の煮ころばし、煮しめ、焼き豆腐など、を一品四文で売っているお惣菜屋さんというか、ファーストフード店のこと。(百円均一ショップのようなものをいうこともある)

「決して戯れ言を申しておるわけではござりませぬ。何事にも勇を振るって飛び込む覚悟をしてこそ、人は己が一生を全うできるのだと、そのとき初めて悟ったのでございます」
 どうも話が噛み合っていない気はしたが、拍子郎もそれなりに覚悟を決めねばならぬ時だと考えてはいるらしい。
「まあ屁理屈はともかく、飛び込むにしても、まずどこに飛び込むかを決めなんだら、何も始まらん。どこに飛び込んでも、苦労するのはいっしょや。後悔せんように、しっかりと考えて決めたがよい」
 自らもあれこれと迷い、何をしても心が満たされなかった若き日々を、五瓶は今や懐かしく想いだすしかなかった。

(『四文屋 並木拍子郎種取帳』「蔦と幹」P.17より)

このシリーズは単なる捕物小説ではなく、町方同心の家に生まれながら芝居町に飛び込んできた拍子郎の人間的な成長を描く青春小説の要素も持っていて、軽妙な中にもいろいろと考えさせられる部分がある。拍子郎の良き理解者が師匠の並木五瓶であり、その女房の小でんである。

「ええか、ヒョウさん、まあざっと話したらこういうこっちゃ。もしヒョウさんがおあさちゃんにお金を借りたとする。そしたら返すまでは、おあさちゃんに会いにくいやろうし、会うてもどこか引け目があって気まずいことになりやすい。そこで日ごろからふたりで少しずつお金を貯めといて、どっちかが困ったときはそのお金を遣うようにしとくのや。そしたらお互い遠慮せんで済むやないか。大勢の仲間が集まって同じように金銭の融通をするのが頼母子講や」
 金銭の融通、つまり仲間内での金融が頼母子講本来の仕組みなのだと小でんは説いた。

(『四文屋 並木拍子郎種取帳』「頼もしい男」P.83より)

江戸と上方のお金に対する考え方の違いがよく出ていて、面白い。

 おあさは近ごろなぜか自分にそっけないようである。うっかり何か気に障るようなことでもいったのだろうかと顧みても、思い当たるふしはない。一時はふたり共ちょっと思い詰めすぎていたのはたしかだけれど、こんなふだとまたちょっと物足りなくて淋しい気がする。
 とはいえ、こうしてふたりの気持ちが少しずつ離れていったほうが、傷は浅くて済む。お互いにとってそれが一番なのかもしれない……。
 そう思うと、拍子郎はお腹にどんと大きな風穴を開けられたようで総身の力がいっきに抜けた。

(『四文屋 並木拍子郎種取帳』「惚れた弱み」P.117より)

 人気の二枚目役者の恋ばなを描きながら、拍子郎とおあさのじれったいような恋の行方もしっかりと描いている。

「素人がうっかり芝居の道に入ろうとしたら、ふつうは親兄弟や親類縁者が放っておかん。何とぞ思いとどまるように皆がさんざん意見をして、それでも聞かぬとあらば勘当を申し渡してもおかしうないんじゃがのう……」

(中略)

「いったん芝居の道に踏み込んだら、世間では札付き扱いじゃぞ。こなたはそれでもよいのか? ああ、幸い作者は札をぶら下げんでもええのやけどなあ」
 と五瓶があの時ばかりはいささか沈んだ声を聞かせたものだ。

(『四文屋 並木拍子郎種取帳』「札付き」P.207より)

この話を読んで「札付き」という言葉が芝居の世界の者を指すことを初めて知った。
寛政の改革で、芝居者への風当たりが強くなり、いずれも住まいは劇場の近所に限られて、常に身分を示す木札を所持しなくてはならなくなったという。

その木札がもとで、無実の罪に陥れられた芝居者と彼を救おうと奔走する人たちを描いたのが、「札付き」の話。

1作目から作中では3年のときが経過している。拍子郎、おあさ、五瓶、小でんの登場人物たちの関係が家族のような緊密なものに醸成されてきた。それにともなって、先送りにしていた拍子郎の将来の進路やおあさとの関係にも決着を付けるべき時期が近づいてきた。そのことが、サイドストーリーとして綴られる物語に深みを与えている。

主な登場人物
並木拍子郎:狂言作者の弟子。北町奉行所同心筧惣一郎の弟・筧兵四郎
並木五瓶:十数年前に上方からやってきた名高い狂言作者
小でん:五瓶の女房
おあさ:料理屋和泉屋の跡取り娘
筧惣一郎:八丁堀同心
志津ゑ:惣一郎の妻
伝吉:惣一郎の手先
和泉屋長三郎:おあさの父
助高屋新吉:トンボ返りが得意な下廻りの役者
坂東三津五郎
おみつ:和泉屋に住み込みで働く仲居で、新吉の妹
平三:石川島人足寄場帰りの男
おはる:拍子郎とお長屋に暮らす女
栄吉:おはるの亭主で劇場の木戸番をしている
清左衛門:拍子郎の長屋の大家で駿河町の両替屋越後屋に勤める
勘五郎:市村座の桟敷番
甚兵衛:昔、中村座の仕切り場勤めをしていた男
惣七:半畳売り
三代目小佐川龍蔵:二枚目役者
伴助:龍蔵の付き人
お仙:亀戸天神の茶店の看板娘
甚八:天ぷら屋台の亭主
常蔵:神田白壁町の左官
嘉助:小間物問屋上総屋の手代
相模の熊五郎:盗賊
伊平次:仕切場の手代
武兵衛:帳元
治助:仕切場の手代
お千代:佐賀町の鰯油問屋楢木屋のひとり娘
平右衛門:楢木屋の番頭
宮地左内:北町奉行所同心
小田島左京:北町奉行所吟味方与力

物語●
「蔦と幹」拍子郎は、助高屋新吉のトンボ返りの技を見て、自身もやってみたくなり、新吉に指南を請うた。そのアクションが得意な新吉が、舞台で屋根から滑り落ちる場面で大失態を演じてしまった…。

「頼もしい男」拍子郎は、同じ長屋に住むおはるに連れられて頼母子講の集まりに出かけた。その頼母子講は、講中の仲間十人が月々二朱ずつかけて、1年で貯まった十五両のうち十両は毎年籤取りをして誰かが引き当てられるようにし、余った金は五十両貯まったところで、それをまた籤取りをして引き当てるというもの。その日は、五十両の籤取りの日だったが…。

「惚れた弱み」人気の二枚目役者だが、生意気でうぬぼれが強い、三代目小佐川龍蔵は、亀戸天神の境内にある茶店の茶汲み娘に惚れてしまった。龍蔵が恋心を募らせた娘お仙の正体とは…。

「四文屋」拍子郎は、千鳥橋の四文屋で小腹を満たすために天ぷらを注文した。店には、御店者と柄の悪い遊び人風の男の二人の先客がいて、何やら話し込んでいた…。

「札付き」劇場の仕切り場の手代の伊平次が、身分を証す芝居札を失くしたという。深川佐賀町の鰯油問屋の一人娘が大島町の船宿で殺されて、船宿で伊平次の札が見つかり、犯人として連行される…。

目次■蔦と幹|頼もしい男|惚れた弱み|四文屋|札付き|解説 末國善己

装画:小泉英里砂
装幀:芹澤泰偉
解説:末國善己
時代:明記されず(今から二十年ほど前が寛政の改革)
場所:二丁町、駿河町、亀戸天神、八丁堀、千鳥橋、今川橋、親父橋、佐賀町、大島町、ほか
(角川春樹事務所・ハルキ文庫・619円・2012/06/18第1刷・261P)
入手日:2012/12/02
読破日:2012/12/12

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