(しょかつこうめいたいひみこ)
(まちいとしお)
[伝奇]
★★★★☆☆
♪聖徳太子の時代、東アジアを舞台に壮大なスケールで描く古代伝奇小説『爆撃聖徳太子』の突き抜けた面白さにノックアウトされ、町井さんの他の作品も読んでみたいと思っていました。
本書は、そんな著者の幻の代表作です。物語は、三国志でおなじみの「赤壁の戦い」から始まります。
魏の曹操率いる八十万もの大軍に攻め込まれる呉軍の前に、蜀の軍師・諸葛孔明が現れ、“奇門遁甲”によって潰走させる。その恐るべき術に対抗するために、司馬仲達は、曹操に倭国の女王・卑弥呼を召喚するすることを進言する。
奴国の使者として、末盧国を訪れた難升米(ナシユウ)は、邪馬台国の者という謎の女に声を掛けられ、末盧国王子の謀殺を知る。それは、倭国大乱の始まりだった……。
邪馬台国女王の正体とは? 卑弥呼が操る“鬼道”とは?
「……蜀の民はいったいなぜこんなに圧倒的なわが国の前に、さっさとひれ伏すということをしないのですか」
……
「……たとえどんなに情勢が危うくとも、諸葛孔明さえいれば絶対挽回できると、あの国の民が信じているからに他なりませぬ。でもそれはなぜか。なぜたった一人の人間に、そんな信望が集まるのか。赤壁で勝ったからか。いいえ、そんな一度の戦のせいではありません。諸葛孔明が鬼神のような不思議な力を持っている。だからごく普通の人間である魏国皇帝の力では、やつを倒せない」
……
「……諸葛孔明がそうであるように、卑弥呼が実際に奇門遁甲を使うかどうかなど、全然問題ではない。諸葛孔明に匹敵する鬼神が魏にもいる、と思わせるだけでいいのです。それもなるべく神秘的な方がいい。顔を隠して、誰にも正体を見られず、噂だけを流す。……」
(『諸葛孔明対卑弥呼』P.292より)
古代史の謎を扱いながら、同時代に生きた三国志の英雄との直接対決を空前絶後のスケールで描く長編古代小説です。古代小説は基礎知識がないと、とっつきにくそうなイメージがありますが、そんなことは全然ありません。孔明も卑弥呼も魅力的なキャラクターとして描かれていて、古代史に疎くても、「三国志」ファンでなくても、本書は大いに楽しめます。
孔明の“奇門遁甲”も卑弥呼の“鬼道”も、摩訶不思議な魔術ではなく、今日的に見れば、科学に裏付けられたものとしている点が知的好奇心をくすぐり、奇想天外といいながらも、実は史実やリアリティに裏打ちされていて面白く読めます。
日本史の謎の一つ、邪馬台国がどこにあるかについてもとても気になりました(物語は、史料をもとに、ある仮説に基づいて描かれています)。
本書は、2002年10月に角川春樹事務所より刊行された作品を大幅加筆、修正して文庫化したもの。
目次■天の巻 赤壁(孔明、高き祭壇より雷神を喚起し、曹操、司馬仲達を呼びて女王の名を聞く)|地の巻 倭国大乱(難升米、末盧国の港にて謀殺を知らされ 卑弥呼、千人巫女をもって逃走せしむ/末盧国王、卑弥呼の脅威を告げ 奴国王、難升米に邪馬台国行を命ず/難升米、邪馬台国にて囚われの身となり 卑弥呼の千人巫女、来る船を歓待す/巫女、遠く孔明に思いを馳せ 帥桟、奴国の謀を徒に告ぐ/魏司令官、難升米を問い質し 将軍伊背基、川の遡行を依頼す/末盧国、未曾有の恐怖に震撼し 卑弥呼、惨劇の末に正体を現す)|人の巻 空城の刑(卑弥呼、難升米を以て持衰とし 郝(かく)昭、剣を抜輝し卑弥呼を迎う/司馬(い)、頸を転じて不気味に笑い 卑弥呼、夷族を案じて北へ発たむとす/匈奴、群列を以て砦を襲い 孔明、馬を以て空中に舞わしむ/卑弥呼、煙を投じて馬謖を捕らえ 魏兵、隘路に進みて趙雲を見る/張郃(こう)、趙雲に挑みて奮戦し 孔明、空城にて琴音を響かしむ)