一鬼夜行
(いっきやこう)
小松エメル
(こまつえめる)
[妖怪]
★★★★
♪明治の初めの東京を舞台に、鬼と若者の友情を描く妖怪時代小説。こういうものも時代小説といえるのかと視野が広がるような作品。時代小説の懐の深さ(ジャンルの多様さ)を感じられる。この「妖怪」ジャンルは、京極夏彦さんや畠中恵さんらの活躍により、今、若い読者に人気のジャンルになっている。
プロフィールによると、作者は、1984年東京生まれ。2008年にこの作品でジャイブ小説大賞を受賞してデビュー。母方にトルコ人の祖父をもち、名前はトルコ語で「強い、優しい、美しい」の意味だそう。
さて、物語は、徳川幕府が瓦解して五年、東京に小生意気な少年のような鬼・小春が落ちてきたところから始まる。
男からしてみれば、どこからどう見てもおかしくないところがない。目の前にいる少年は、十を少し過ぎたばかりの目のくりっとした愛らしい顔立ちをしているが、肩まで伸びた髪は、すすき色にところどころ赤茶と黒が交ざった、獣のような変わった毛色だった。手足の節のところでばっさりと切られたような着物は裾だけが奇妙に広がっていて、ここらではまるで見かけない格好だ。近頃よく目にするようになった洋装でもない。寸足らずであるのに、着ている着物の生地は男のそれよりもよほど上等のものである。
(『一鬼夜行』P.17より)
「舐めたらいけないよ。小春はああ見えてあたしよりもよほど力のある妖怪だ。この辺りの河童を統括するあたしより、あんな小さな人間の子どものような小春の方が、ずっと強いんだ。だから他の奴らも従っている。あいつに力がなけりゃあ、あたしだって手伝ったりしなかったさ」
目に見えている姿が真実とは限らないのだと言い募る弥々子に、余計な世話だと喜蔵は小さく頭を振った。(『一鬼夜行』P.128より)
物語では、小春のほかに、河童や天狗など、いろいろな妖怪が登場するが、おどろおどろしさがなくて、キャラクターものっぽい感じで、妖しい世界を気軽に楽しめる。小春が妖怪たちを使って彦次を恐がらせるシーンでも、怪奇性よりもスラップスティックな要素が濃厚でクスッとさせられる。
主な登場人物◆
小春:百鬼夜行からはぐれた鬼。経立(ふつたち)、本来生きるべき生を外れて怪になった、本物の化け物
喜蔵:古道具屋を営む若者
彦次:喜蔵の幼馴染。色男の絵師
手の目:のっぺらぼうに似た妖怪
硯の精:妖怪
深雪:牛鍋屋「牛屋くま坂」の女中
さつき:八百屋の一人娘で深雪の友だち
弥々子:河童の棟梁
茅野:彦次に憑いた妖怪
綾子:喜蔵の住まう表店の裏長屋に住む未亡人
髪切虫:妖怪
件(くだん):未来を読む妖怪
天狗
猫股の長者:化け猫を束ねる主
物語●明治五年、強面で人間嫌い、周囲からも恐れられている古道具屋の若者・喜蔵の家の庭に、ある夜、不思議な力を持つ少年・小春が空から落ちてきた。自ら鬼と名乗り、百鬼夜行の行列からはぐれた妖怪と主張する小春と、いやいや同居する羽目になった喜蔵は、次々と起こる妖怪沙汰に悩まされることに…。
目次■序/一、迷子の妖怪/二、喜蔵という男/三、おはぎの味/四、思い出/五、泣き蟲/六、ふったち小春/件の件/八、迷子のこころ/九、一鬼夜行/刊行に寄せて 後藤竜二/解説 東雅夫