(かおのないゆうれい なきむしどうしん)
(こだまゆういちろう)
[捕物]
★★★★☆
♪涙もろくて女子が苦手で、ぼやきばかりの二十六歳。八丁堀で一番の“ヘタレ男子”、小田桐左近が活躍する捕物小説第2弾です。
谺雄一郎さんといえば、書き下ろし伝奇時代小説「醇堂影御用」シリーズ(小学館文庫)で注目の作家。“ヘタレ男子”とか“泣き虫”とか、同心という職務とかけ離れた形容詞が付けられているのが面白いです。
“泣き虫”で知られる物書き同心の小田桐左近は、浜町河岸で出会った「顔のない幽霊」が気になって仕方がない。そんな折、作事奉行の道楽息子が襲われる事件が起こる。また、上役の与力より、半月前に若い女の死骸が両国橋下流の寄洲に流れ着いた一件は自殺で解決済みなので余計な詮索をしないように釘を刺される……。
「俺ら、泣き虫ではあっても弱虫ではないぞ」
争いごとを好まないのは、
「蛮勇は勇気にあらず」
亡父のひと言がつい先に立ってしまうからで、敵に後ろを見せたことは断じてない……つもりである。
理不尽なことに出くわすと、後先も考えず、しゃにむに突っかかって行きたくなるたちで、正義感は人一倍強い……と思う。
(中略)他人が悲しい目やつらい目に遭っているのを見ると、もうたまらない。涙ぐむと同時に、何とか力を貸してやりたくなって、やきもきする。そして、そンな力は端から持ち合わせないことに気が付いて愕然とする。
(『顔のない幽霊 泣き虫同心』P.11より)
周囲から“泣き虫”とか呼ばれ、小田桐左近は、非力を自覚しながらも、正義感をもって事件に立ち向かっていきます。
「侠気とは元来、人一倍温かな心と、強い責任感からしか生まれないものなんだな」
(『顔のない幽霊 泣き虫同心』P.135より)
周囲から蔑まれることが多い左近を助けるのが、赤子の時から兄弟同然に育った間柄の、小者の八助。組屋敷に同居して、主人の身の回りの一切の世話を焼くだけでなく、出仕の際には挟み箱を担いだり、聞き込みや探索をしたりと、唯一の家来、股肱の臣です。
八助のほかにも、飯炊き婆さんのお常、上役の与力岡戸弥右衛門、直心影流道場の師範代加東左馬之助ら、左近の美質を理解して、彼を時には厳しくも温かく見守っています。読み味の良さにつながっています。
巻末の著者紹介によると、出版社の雑誌編集者時代に、隆慶一郎さん、池宮彰一郎さん、安部龍太郎さんのデビューに関わったそうです。「醇堂影御用」を読んでいて、伝奇性の高いストーリー展開が印象的だったのは、そうしたキャリアからの影響のように思われます。
本書は捕物小説のスタイルを取っていて、謎解きやキャラクター造形に重点が置かれて、伝奇色は薄れています。とはいえ、複層構造のストーリー展開や登場人物たちの会話に加えて、随所に江戸の風物や慣習を織り交ぜており、一級の捕物時代小説として楽しめます。
主人公の成長ぶりと恋の予感を感じながら、次回作が楽しみになってきました。
目次■川開き/岡場所/深川めし/疑惑/秘剣/夜の道/沈黙/二挺提灯/神田駿河台/乱陣/告白/蝉しぐれ