(すがわらげんさいかいいじけんひかえ)
(きやすゆきお)
[ホラー]
★★★☆☆
♪作者の喜安さんは長谷川伸の会「新鷹会」で、平岩弓枝さんらといっしょに活動されているベテラン時代小説家。そのせいか、平岩さんが帯で推薦のことばを寄せている。菅原道真の末裔という主人公が活躍する怪異譚ということで食指が動く。
主人公の菅原幻斎は、菅原道真の末裔で、諸国を放浪した末に、神田上水にかかる姿見橋の近くの一軒家を“祈祷御承処”兼自宅に借りている。あまり土地鑑はないが、池袋と雑司ヶ谷の間あたりであろうか。異変を感じると姿見橋からの川面に霊を見て、耳鳴りを感じるという。その生い立ちはさかさ幽霊」の話の中で記されている。痩せ男で、亀や雀の放生を生業にする権助や近所の中農の出戻り娘のお絹、飯炊きお徳婆さんらがレギュラー登場人物として脇を固める。
作者のあとがきによると、本編収録の物語は、いずれも『日本霊異記』や『百物語』、中国の『聊斎志異』などから素材を取って翻案しながら組み立てられたものだという。この分野は無知に等しいが、そういわれれば、どこかで聞いたことのあるような、なんだか懐かしい話ばかりである。最近では、怪異現象もすべて理詰めで解決することが多く、人の霊や狐狸の類など、不思議の世界をそのままに、物語に描こうという試みがあまりなされていないように思う。その意味では『菅原幻斎怪異事件控』はとても貴重な作品といえる。このシリーズがさらに続きそうなのは喜ばしい。
本作品では、各話で登場するのはいずれも女性の幽霊ばかりである。これは女性の方が情念が強く、怨念を持って死ぬと成仏しにくいのだろうか。まぁ、男性の幽霊よりも風情があり、絵になりやすいのは確かだが。
ベテランの時代小説作家らしく、物語の合間に、御箪笥町や市松模様の由来などを、織り交ぜて綴り、江戸情緒を醸し出している。
物語●「坂の上の女霊」池袋村で名主に次ぐ家柄の善四郎は、品川宿の手前で二年前に亡くなった女房の霊を見たという。菅原幻斎は、善四郎といっしょに、成仏できないでいある幽霊を見かけたという魚籃坂の宿屋へ出かけた…。「若旦那神隠し」幻斎のもとに、御箪笥町の薬種問屋のあるじが跡取り息子の不能のことで相談にやってきた…。「怨み晴らし」幻斎は、太物の行商人から魚籃坂のふもとに広がる町、黒鍬町で無類の世話好きで働き者の饅頭屋と、働き者で親孝行の息子の話が話題になっているという話を聞いた。五年前にその近くの三田汐見坂の千五百石の旗本から祈祷の依頼を受け、さらに二年前にはその旗本の次男からやはり祈祷を依頼されていた…。「持仏堂の女」幻斎のもとに、護国寺の門前町の損料屋のあるじがおはらいを受けにやってきた。二年半前に損料屋の女房が亡くなった時に、いっしょに持仏堂を建てて以来であった…。「さかさ幽霊」葛西新宿の近くの名主から、幻斎のもとに飛脚が届いた。ひどい夢に毎夜苦しんでいて、邪気払いの祈祷を依頼してきていたのだった…。
目次■一 坂の上の女霊/二 若旦那神隠し/三 怨み晴らし/四 持仏堂の女/五 さかさ幽霊/あとがき