蜻蛉始末
(かげろうしまつ)
北森鴻
(きたもりこう)
[明治]
★★★★☆☆
♪明治時代の藤田組贋札事件を取り上げた時代小説。著者は『狂乱廿四孝』で第6回鮎川哲也賞を受賞した、推理小説を中心に活躍する北森鴻さんということで、面白いこと間違いなし。
藤田組贋札事件と言われてもピンと来なかったが、熊坂長庵の名前が途中で出てきて、ようやくわかった。藤田組の創設者藤田傳三郎という人は、明治の大坂を代表する経済人で、現在も操業中の同和鉱業のホームページにはその肖像写真が載っている。
贋札事件というと割が合わない犯罪という気がするが、その反面、血腥くない分どこかワクワクさせる部分がある。この物語は、現在、余り知られていない事件を取り上げながら、その発端を幕末の長州・京に持ってきたために、馴染み深いところから入れて、ストーリーに自然に引きこまれていく。
緻密なプロットに加えて、主人公の藤田傳三郎と宮越宇三郎が魅力的だ。とくに、《とんぼ》の宇三郎のキャラクターが個性的で面白い。最初は困ったチャンでどうしようもないヤツと思いながらも、次第に惹かれていく。
歴史小説の形をとりながら、贋札事件の真相に迫る推理小説的な手法が見事で、最後まで一気に読ませてくれる快作である
物語●明治十二年九月、政商・藤田傳三郎は、贋札事件の容疑者として、東京警視庁に捕縛された。
「市中におかしな噂が広まっている」
「おかしな噂?」
「贋札を顕微鏡で覗くと、六本描かれているはずの蜻蛉の脚が五本しかないというのだ。それが贋札の見分け方だと」
――脚の足りない……蜻蛉!?
逮捕された傳三郎の脳裏に、はっきりと一人の男の姿が浮かんだ。
その十七年前の文久二年、高杉晋作のもとに集まる志士たちの中に傳三郎がいた。幼なじみの《とんぼ》こと、宇三郎が影のように寄り添う。奇兵隊結成、禁門の変……幕末から明治にかけての激動の世の中で、光と影の宿命を負った二人の友情と別離、対決を描く歴史・時代小説。
目次■序/とんぼ宇三郎/奇兵隊結成/京師争乱/禁門の変・前夜/東行往生/逃れ宇三郎/殺し場草子/長州逐電/高麗橋袂雨景/藤田組旗揚げ/黒鍬衆争議/放逐/山城屋和助/新事業/南洲大変/帰阪/変貌幾多/愛別離苦/蜻蛉始末/終幕