峠 慶次郎縁側日記
(とうげ・けいじろうえんがわにっき)
北原亞以子
(きたはらあいこ)
[市井]
★★★★☆
♪『傷』『再会』『おひで』に続く慶次郎縁側日記シリーズ第4弾。中篇の表題作「峠」と7編の短編を収めた連作集。
ほんの一瞬の過ちで、人生を踏み外した男たちと不条理ともいえる運命をともにする女たち。自分のことばかりで、周りのもののことが考えられない自己中心的なために、幸せから遠ざかっていく男と女。救いを求める人たちばかりが出てくる。
そんな彼らを救済するのが、かつて「仏の旦那」と呼ばれた元定町廻り同心で、今は酒問屋山口屋の根岸の寮番を務める森口慶次郎。捕物帳の形式を借りているが、市井小説というべきか。奉行所が扱うような事件ばかりではなく、民事的な事件や事件以前の出来事を描く場合もある。彼を脇で支える、養子の森口晃之助、その妻・皐月、かつての同僚島中賢吾、天王町の岡っ引、辰吉、太兵衛、寮番の佐七、医師・庄野玄庵らのおなじみの面々。シリーズが進むに連れて、それぞれのキャラクターが個性的に動き出してきた。なかでも、毒をもって毒を制すというような憎まれキャラの大根河岸の吉次が異彩を放ち、個性的だ。
人の弱さとやさしさを堪能できて人間通になる一冊。
物語●「峠」富山の薬売りの四方吉は碓氷峠で追剥ぎに襲われた…。「天下のまわりもの」錺職の山次郎は三年かけて五両の金をため、おふじをたずねて縄暖簾の居酒屋に入った…。「蝶」江ノ島から帰ってきたばかりの大工の加七は、女房のおつなから離縁してくれと言われる…。「金縛り」三味線の師匠お町は、弟子で知行二百石の旗本横尾主水に、偽物の織部焼をつかまされたと怒鳴り込まれた…。「人攫い」五十四歳の益右衛門は、天麩羅蕎麦が食べたくなって、なけなしの金を持って、傘もささずに雨もようの天気のなか外へ出た…。「女難の相」市中見廻りを終えて、南町奉行所に帰ってきた同心森口晃之助は、小物から結び文を受け取った…。「お荷物」酒問屋山口屋の根岸にある寮の寮番を務める森口慶次郎は、弓町の岡っ引、太兵衛から息子の奉公先として山口屋を紹介してくれと依頼された…。「三分の一」十七歳のおゆきは四年ぶりに、かつて母が煙草屋を営んでいた江戸にもどって来た…。
目次■峠|天下のまわりもの|蝶|金縛り|人攫い|女難の相|お荷物|三分の一|解説 村松友視