深川澪通り木戸番小屋
(ふかがわみおどおりきどばんごや)
北原亞以子
(きたはらあいこ)
[市井]
★★★★☆☆ [再読]
>♪江戸市井ものの傑作『深川澪通り木戸番小屋』の舞台となる、深川の澪通り(みおどおり)がどこだったか調べたくなり、十年ぶりに読み返してみた。
作品は、こんな書き出しで始まる。
夜になると、川音が高くなる。深川中島町は三方を川でかこまれていて、木戸番小屋は町の南を流れる大島川沿いの、俗に澪通りと呼ばれる道の端にあった。町の西側へ流れてくる仙台堀の枝川と、大島川が一つになって隅田川へそそぐところである。
「嘉永・慶応 江戸切絵図〈1〉―江戸・東京今昔切絵図散歩 尾張屋清七板」で見ると、ちょうど深川の西南の角近くに位置している。松平下総守下屋敷の向こうは海である。
物語は、この海辺の町の木戸番小屋に住む笑兵衛とお捨の夫婦を中心に展開する。ひとくせある名前からうかがえるように、人に言えない過去を持つ二人だから、暮らしに苦しみ、心に傷を持って、小屋にやってくる人々を癒す力を持っている。
久方ぶりで、ディテールを忘れていたこともあり、第一話の元火消しの纏持ちの勝次の話から、北原ワールドにぐいぐい引き込まれる。一気に読み終え、人間的に少し浄化され、とても豊かな気持ちになった。
物語●「深川澪通り木戸番小屋」深川中島町の澪通りの端にある木戸番小屋には、笑兵衛(しょうべい)とお捨(すて)の初老の夫婦が暮らしていた。火消しの勝次は、火傷がもとで纏持ちが務まらなくなり、酒におぼれる日々を送っていた…。「両国橋から」荷運び人足の清太郎は大の花火狂いで、一分を払って自分の花火を打ち上げるのが夢だった…。「坂道の冬」お捨と笑兵衛は、幼くして亡くした娘の祥月命日に谷中の遊行寺へ墓参りに出かけた。そこで、寺の門前の花屋の娘おていに親切にされた…。「深川しぐれ」笑兵衛は、隣町の相川町に住む若い女・おえんの家に見舞いに行った。おえんは、月足らずの子を死産したばかりで、身寄りがなく、子どもの父親も越中富山に行ったきりで音信不通だった…。「ともだち」花見の頃、五十を過ぎて独り身のおすまは、大島川の土手で永代寺門前に住む同じ年恰好の女おもんと知り合った…。「名人かたぎ」富岡八幡宮の本祭礼の人ごみの中で、お捨は女スリのおくまに、財布を掏られそうになった…。「梅雨の晴れ間」居酒屋樽屋の女将おくめが大暴れしていると、笑兵衛と差配の弥太右衛門が呼ばれた…。「わすれもの」お捨のもとに、八年前に近所の長屋にいたおちせがやってきた。おちせは、その当時は十か十一くらいの少女だったが、苦労した末に、大店の呉服商の一人息子の嫁になっていた…。
目次■深川澪通り木戸番小屋|両国橋から|坂道の冬|深川しぐれ|ともだち|名人かたぎ|梅雨の晴れ間|わすれもの|解説 縄田一男