骨董屋征次郎手控
(こつとうやせいじろうてびかえ)
火坂雅志
(ひさかまさし)
[幕末]
★★★★☆☆
♪幕末の京で、骨董の目利きが活躍する時代小説。鑑定団的な面白さがありそうで楽しみ。
火坂雅志さんの『骨董屋征次郎手控』を読了。幕末の京都、新選組、薩摩藩、加賀百万石、長崎、隠密…と惜しみなく時代小説の面白くなる要素を盛り込んでいる。それらをネタを味付け程度に、骨董という魔道にはまった男たちを描く非常に贅沢なエンタテインメント時代小説だ。
作者自身が執筆の過程で、骨董にはまったという凄味を感じさせる、骨董への熱い思いが伝わる作品である。最初の話「楢柴」に登場するのは、新田肩衝(かたつき)、初花肩衝と並ぶ、天下の三大肩衝の一つ、楢柴肩衝(別名博多肩衝)である。肩衝とは茶入れのことだが、肩が張っているために茶の世界でそう呼ばれている。
銘の由来は、『万葉集』の歌にちなみ、肩衝にかかった釉(うわぐすり)の濃さを、恋する人の心にかけたものとされている。博多の豪商・島井宗室から筑前秋月城主・秋月種長を経て、豊臣秀吉に、さらに豊臣家滅亡後は徳川将軍家に伝わったが、明暦三年の江戸城炎上の際に、行方知れずになったものだという。
骨董の持つ数奇な運命が、物語に投影され面白さが増幅されている。また作品では、江戸の初期にわずか三十年で消失した古九谷(こくたに)の焼き物も、重要なモチーフとして描かれている。古九谷を描いた時代小説としては、高田宏さんの『雪古九谷』が面白かったことを思い出す。
物語●京の夢見坂で「遊壺堂」という骨董屋を営む征次郎。その店に、武家か坊官の妻女といった感じの品のいい、凛とした立ち姿の女・お久が肩衝と呼ばれる茶入れを持ってきて鑑定のうえ、預かってくれるように依頼した。肩衝は、お久からは半月あまり音沙汰がないまま、その縁者らしい牢人風の男に奪われてしまう…。
目次■楢柴|流れ圜悟|女肌|海揚り|屏風からくり|胡弓の女|彦馬の写真|翡翠峡|黒壁山|隠れ窯|あとがき/解説 細谷正充