秋月記
(あきづきき)
葉室麟
(はむろりん)
[武家]
★★★★☆☆
♪先日、第146回の直木賞候補作が発表されて、葉室麟さんの『蜩ノ記』が、伊東潤さんの『城を噛かませた男』とともに、ノミネートされた。今、もっとも直木賞に近い時代小説家といえる。
さて、恥ずかしい話だが、この本を読むまで、秋月藩と秋月家を混同していた。
江戸時代、秋月藩は秋月家ではなくて、福岡の黒田家の支藩として、筑前秋月(現在の福岡県朝倉市)に5万石で立藩。藩祖は黒田長政の三男・長興。福岡県の中央部にあたり、福岡市から南東約40kmにある。
ちなみに、秋月家は、九州の名族で戦国時代には、筑前・筑後・豊前などに所領を持っていた。秀吉の九州征伐では島津氏に属して抵抗した後に降伏し、秋月種実は日向国高鍋(高鍋藩)に移封される。上杉鷹山は、高鍋藩から米沢藩に養子入りしている。
物語では、本藩(福岡藩)と微妙な関係にある支藩(秋月藩)のポジショニングが大きなテーマになっている。秋月藩を属国化して完全に吸収したいと考えている本藩と、独立自治を死守したい秋月藩。地理関係も含めて、両者の関係を押さえておくと、より物語が味わえる。(自分はそんな知識もなく読んで、十分面白かったが…)
孤り幽谷の裏に生じ
豈世人の知るを願はんや
時に清風の至る有れば
芬芳 自ら持し難し広瀬淡窓の「蘭」という詩だった。蘭は奥深い谷間に独り生え、世間に知られることを願わない。しかし、一たび、清々しい風が吹けば、その香を自ら隠そうとしても隠せない、というのである。
(『秋月記』P.277より)
作中の登場人物の一人が、主人公の主人公の間小四郎(あいだこしろう)を、奥深い谷間に咲く蘭にたとえて評していた。葉室麟さんは、PHP研究所の『文蔵』に淡窓を主人公とした作品を発表している。
小四郎は、秋月藩の上士(上級武士)の家に次男として生まれ、長じて同じ上士の家に養子入りした、秋月藩きっての若手有望藩士の一人。御家騒動や本藩との緊張関係の中で、藩政を担うことの重責と苦悩や生き様が鮮烈に描かれた傑作武家小説。小四郎を支える仲間たちの友情が何とも清々しい。
主な登場人物◆
吉田小四郎(後の間余楽斎):筑前秋月藩士
吉田太郎太夫:小四郎の父。秋月藩馬廻役二百石
辰:小四郎の母
みつ:小四郎の妹
間篤:馬廻役二百五十石。小四郎の養父
貞:篤の妻で、小四郎の養母
もよ:書院番八十石、井上武左衛門の娘
緒方春朔:秋月藩藩医。日本で初めて種痘を行う
藤田伝助:秋月藩剣術指南。丹石流の剣客として知られる
千紗:伝助の娘
伊藤惣兵衛:小四郎の道場仲間で、馬廻役百石の家の嫡男
手塚安太夫:小四郎の道場仲間で、馬廻役百八十石の家の嫡男
末松左内:小四郎の道場仲間
坂田第蔵:稽古館の稽古仲間で、藩の江戸遊学の仲間
とせ:第蔵の妻
坂本汀:稽古館の稽古仲間で、藩の江戸遊学の仲間
手塚龍助:稽古館の稽古仲間で、藩の江戸遊学の仲間
原古処:稽古館教授で、徂徠学の亀井南冥に師事する
猶:古処の娘
佐竹勘十郎:備前岡山藩士で、岡田十松道場の高弟
海賀藤蔵:伊賀同心で、揚心流柔術の達人
宮崎織部:家老首座
橋本甚五郎:小納戸役で織部の側近の一人
伊原仙十郎:父・甚太夫は織部一派の一人
吉田久右衛門:家老
渡辺帯刀:家老
熊平:帯刀の中間
七與:帯刀の妾
黒田長舒(ながのぶ):秋月藩八代藩主
黒田長韶(ながつぐ):長舒の世子
姫野三弥:本藩から秋月藩に派遣された二天流の遣い手。鷹匠頭の子
姫野弾正:三弥の父で、福岡藩鷹匠頭
村上大膳:福岡藩中老
香江良介:福岡藩の医師
吉次:長崎から石工
いと:百姓の娘
沢木七郎太夫:秋月御用請持
井出勘七:秋月御用請持
久助:葛つくりをする百姓
瀬沼霞軒:福岡藩校の教授方
油屋可兵衛:秋月藩の銀主で大坂の商人
葛野五左衛門:秋月藩の銀主で大坂の商人
奥野善兵衛:秋月藩の銀主で大坂の商人
杉山文左衛門:福岡藩御納戸頭
戸波六兵衛:筑前秋月藩馬廻役
物語●秋月藩馬廻役二百石の家に次男として生まれた小四郎は六歳のときに、妹と一緒にいるところを大きな黒犬に襲われ、怖さに妹をおいて一人逃げてしまう。妹は通りかかった武士に助けられるが、その夜高熱を発し、それが遠因で死んでしまう。恐怖心から妹を守ってやれずに、死なせてしまったことに強いトラウマを抱える。
藩校の剣術師範・藤田伝助は、そんな恐怖心から体が硬直しへっぴり腰になる小四郎に「臆病者の剣」を伝授する。やがて怖がりを克服し、剣の腕前が伸び、学問でも秀才の一人に数えられるようになった小四郎は、馬廻役二百五十石の間家に養子入りし、嫁を娶るになる。
その頃、秋月藩内では、筆頭家老・宮崎織部が藩政を牛耳り、その専横ぶりに藩士たちは強い不満をもっていた…。
目次■秋月記/解説 縄田一男