江戸の六文銭
(えどのろくもんせん)
藤村与一郎
(ふじむらよいちろう)
[武家]
★★★☆☆☆
♪松代藩真田家で、長年留守居役、江戸家老を務め、その頭脳の冴えから“智恵松”と仇名される望月操。藩主の真田幸専から、真田六文銭の紋入りの羽織を下賜され、深川下屋敷の奥用人役という新たな役目を拝命する。望月操の推理と活躍を描くシリーズ第1作。
甚左衛門は畳まれたままの羽織を取り出すと、操の目の前で広げてみせた。真田六文銭の五つ紋入り。いかにも仕立て下ろしらしい着心地よげな羽織であった。
「これは、そなたの長年の労苦への報いとして誂えさせた。納めるよう」
操は十七年前に江戸留守居役となり、七年前からは江戸家老を勤めてきた。その役務は一貫して“お手伝い除け”。松代藩がお手伝い普請と呼ばれる、藩士と領民を塗炭の苦しみに陥れる、公儀からの苛酷な課役から逃れるために、ありとあらゆる手段を講じることにあった。操の双眼に思わず涙が滲みかけた。(『江戸の六文銭』P.11より)
松代藩真田家というと、池波正太郎さんの『獅子』や『恩田木工』などに描かれた江戸初期の藩の生き残りを掛けた物語が頭に浮かぶ。本書を読むと、幕府からの苛酷な課役はその後も続いたことがわかる。
また、幕末に真田幸貫が老中を務めたことに違和感を感じていたが、松平定信の次男という血筋のためだったことが理解できた。
そこに茶坊主が入ってきて冷たくなった茶が代えられ、菓子がだされた。茶は伊勢屋清風軒の上喜撰。菓子は璟月堂清白の最中であった。
「まずは菓子を食せ。諸藩の留守居役と申すは口が奢り、菓子は船橋か越後の羊羹しか口にせぬと聞くが……」
楽翁が好物の茶菓の匂いに誘われたように目を開いた。
船橋とは深川佐賀町にあった船橋織江。越後とは日本橋本町一丁目の鈴木越後。江戸で双璧とも言うべき最高級菓子屋で、当今の江戸では、両店の練羊羹が最上の贈答菓子とされていた。(『江戸の六文銭』P.52より)
江戸の風物について、物語中で適切に解説がなされていて、興味深く読むことができた。
主な登場人物◆
望月操:松代藩真田家江戸家老
佐治才蔵:庭方の者。麻布・谷町で慶庵甲賀屋を営む
真田伊豆守幸専:信濃松代藩藩主
真田幸貫:幸専の養嗣子で、松平定信の次男
松平定信:白河楽翁。前白河藩主
根津甚左衛門:松代藩真田家江戸家老
佐橋兼三郎:公儀奥祐筆
諏訪靱負:千五百石の旗本
吉村権左衛門:楽翁の用人
面屋楽太郎:日本橋十軒店の人形屋
安倍舟景:人形師
葉月:吉村の娘で、楽翁の奥向きを差配する
東雲:楽翁の侍女
智恵子:操の亡くなった妻
只野木阿弥:御用部屋坊主
吉村又一郎:吉村老人の息子で、白河藩用人
金刺盛遠:諏訪神社宮司
蠣崎波響:画人で、松前藩家老
菅茶山:漢詩人で儒者
頼山陽:歴史家
星野善助:楽翁の近習で、星野文良という画名を持つ絵師
立見賢三郎:真田幸貫の近習
由利鎌太郎:才蔵の手下の甲賀衆の一人
内藤豊後守信敦:若年寄で、楽翁の娘婿
おみつ:葉月付きの小女
彦坂仁衛門:南町定町廻り同心
杉戸半兵衛:白河藩藩士
穴山喜助:松代藩藩士
永倉勘次:松前藩百五十石取りの取次役で遣い手
物語●「江戸の六文銭」望月操は、藩主の幸専より、真田家の縁戚で、元老中首座・白河楽翁(松平定信)のもとに伺候するように命じられる。築地の白河藩下屋敷・浴恩園を訪れた操は、楽翁から浴恩園で起きた雛人形の摩り替わり事件の謎を三日のうちに解くように命じられる…。
「吼える異形」文化十二年二月に、楽翁定信は、江戸の文雅の粋を集めた庭との声誉をほしいままとしていた浴恩園に、当代一と目される三人の文人を招いた。漢詩人で儒者の菅茶山、その弟子で歴史家の頼山陽、二人の共通の友人で画人の蠣崎波響。その翌々日、波響から蝦夷の珍しい文物を収めた大きな長持が贈られる。
それから六年が経過し、浴恩園に宿泊した葉月は、闇の中で、自分のみが鍵を持つ長持が開けられ、大きくて白い異形なものに襲われた…。
目次■第一話 江戸の六文銭/第二話 吼える異形