かぶき奉行 織部多聞殺生方控
(かぶきぶぎょう・おりべたもんせっしょうがたひかえ)
えとう乱星
(えとうらんせい)
[伝奇]
★★★★☆☆
♪1993年に実業之日本社から単行本が出て以来、文庫化が待望された、えとう乱星さんの代表作がようやくリリースされた。殺生方シリーズは3作出されていてぜひ読みたいと思っていた作品の一つだ。ベスト時代文庫というと、KKベストセラーズ社の文庫シリーズだ。
まず、主人公の多聞がかっこいい。柳生新陰流の遣い手であるほか、武芸全般に秀でている。出世や権力に反発し、弱きを助ける侠気がある、傾き者(かぶきもの)を貫く生き方がいい。また二人のヒロイン、湯女のあけ乃と殺生奉行織部忠兵衛の娘・智佐が対照的で魅力的に描かれている。敵役として、由比正雪の息子で、女性と見まごう美貌の男、由比右京之介が絡む。さらに諏訪の御隠居や頼殿と呼ばれる貴種が登場し、面白い物語の要素は揃ったという感じだ。
時代設定といい、題材といい、諏訪の御隠居らの存在といい、同じ作者の最近作の『独眼流柔肌剣』(学研M文庫)とリンクするものがある。
殺生方控
慶安三年庚寅睦月、織部多聞殺生方承ル
のように各章の終わりに、日誌のように短く記されているのが印象的。シリーズの『ほうけ奉行』『あばれ奉行』と続けて刊行されることを期待したい。
江戸初期を舞台にしているせいか、地名があまりはっきりと表記されていないが、読んでいる分には、伝奇ぽいのであまり気にならない。
物語●殺生方(せっしょうがた)とは、将軍家の狩猟全般を取り仕切る役職。奉行三名で配下の者数名とさらに狩猟の際に必要な茶坊主・鉄砲方・鵜匠・鷹匠・網奉行などを統括する。ときの将軍・家光は四十五歳の男盛りながら、最近、健康にすぐれず、鷹狩りは中止になりがちだった。五十歳の織部忠兵衛は、殺生奉行という難しい役に疲れを感じ、お役御免の決意を固めていたが、二人の息子を天草・島原の乱で失い、残されたのは娘一人で、おいそれと養子は見つからないと思っていた。そんなある日、奇抜な衣装で江戸の街を闊歩して、因縁をつけて、金をせびって恐れられる旗本白柄組と小普請組旗本の次男・五家宝多聞(ごかほうたもん)とが湯屋で喧嘩をしているのに出くわした…。
目次■湯屋勝負/相撲取草/ゆずり葉/梅雨寒む/千子村雨/剣士名簿/慶安事変/殺生勝手