霜夜のなごり 蕎麦売り平次郎人情帖
(しもよのなごり そばうりへいじろうにんじょうちょう)
千野隆司
(ちのたかし)
[市井]
★★★★
♪文庫書き下ろし。
一年半前に、、死罪になった男の遺児に逆恨みの末に、妻女の登美と娘の萌を殺され、菊薗平次郎は定町廻り同心を辞めて振り売りの蕎麦屋になった。その平次郎が人情味豊かに市井のトラブルを解決するシリーズ第3弾。
「蕎麦売り平次郎人情帖」のほうの最大の特長は、主人公が振り売り(屋台)の蕎麦屋ということ。しかも、普通かけ蕎麦は一杯十六文のところ、平次郎は二十二文で商っていた。出汁にこだわり、鰹節をふんだんに使うために、これでもぎりぎりの値段だった。しかし味は評判になって、不便な場所でも、捜して食べにくる客が増えていた。
また、振り売りのための蕎麦は、蕎麦屋辰巳庵で毎日仕入れていたが、そこは蕎麦屋といっても店を構えて客に出しているわけではなく、蕎麦は平次郎のためだけに作り、卸していた。何ともおいしそうで、読んでいるうちに蕎麦が食べたくなった。
さて、肝心の物語のほうも、平次郎の出す蕎麦のようによく吟味されている。
表題作の「霜夜のなごり」は、『夏越の夜』に収録された「芋飯の匂い」の続編的な性格の話。千野さんが得意な話に、状況証拠をもとに無実の罪を着せられた者を、主人公が奔走して助けるというパターンがある。この話もその一つで、責め問いで自白させられる前に、真犯人を見つけるという時間との戦いでハラハラドキドキする展開が楽しめる。
主な登場人物◆
菊薗平次郎:元同心で、屋台の蕎麦屋の主。芝入横町の裏長屋に一人暮らす
鶴七:天麩羅売り
蔦吉:酒の卸人
お花:蔦吉の娘
お梅:お花の妹
米吉:お花の弟
おてつ:夜鷹
丑:物貰い
お舟:付け木売り
北原佐之助:南町奉行所定町廻り同心
菊薗妙:平次郎の末娘
菊薗清四郎:妙の婿で、定町廻り同心
橋本半兵衛:本所方同心
五郎作:蕎麦屋辰巳庵の主人
繍:五郎作の娘
長谷川忠兵衛:平次郎と同じ裏長屋に住む一人暮らしの浪人
清兵衛:荒物屋若狭屋の主人
なを:清兵衛の女房
おトク:なをの六歳になる娘
當左衛門:太物屋出羽屋の隠居
伊勢原屋徳蔵:際物師の親分
絹右衛門:伊勢原屋の元番頭
おてい:徳蔵の妾
鉄蔵:徳蔵の弟
丈太郎:徳蔵の子分
十六左衛門:材木屋須原屋の主人
とも:十六左衛門の女房で、須原屋のおかみ
甚平:須原屋の番頭
朋太郎:須原屋の若旦那
お珠:朋太郎の女房で、須原屋の若おかみ
継次郎:朋太郎の弟
卯之助:須原屋の手代
臼田留五郎:須原屋の用心棒
銀兵衛:一膳飯屋の主人で、卯之助の兄
嘉平:芝宇田川町の呉服屋溝口屋の主人
桑山弓之丞:溝口屋の用心棒
大久保民之助:平次郎の長屋に新しく越してきた浪人。眉間にホクロがある。
河本進三郎:本所南割下水に住む家禄九十石の御家人
物語●「霜夜のなごり」平次郎と同じ裏長屋に住む長谷川忠兵衛は、腕が立ち血気盛んだった九年前に女房を捨てた。しかしときが過ぎ、病を得てみると、別れた女房なをのことが懐かしくなった。探し出したなをは、別れた二年後には荒物屋若狭屋清兵衛の女房になり、二人の間に子どもまでできていた。なをの今の暮らしぶりをよそながら覗き見することが、今の長谷川の喜びと生きる支えになっていた。ある夜、なをの亭主の清兵衛が殺しの罪で捕らえられた…。
「おこし米」材木屋須原屋に子守り奉公に出ていた蔦吉の娘のお花は、材木置き場で男たちが争って何かが倒れる音を聞いた。そしてそこから見覚えのある顔の男が出てくるのを見た。恐る恐る材木置き場を覗き、大番頭の甚平が倒れているのを見つけた…。
「春を待つ餅」集金の帰りに駕籠に乗っていた呉服屋溝口屋嘉平は、付き添いの用心棒ともども、辻斬りの侍に襲われて斬り殺された。嘉平は、事切れる直前に、眉間にホクロがある者に襲われたと言い残した…。
目次■霜夜のなごり|おこし米|春を待つ餅