(れおんうじさと)
(あべりゅうたろう)
[戦国]
★★★★☆☆
♪不世出の戦国武将蒲生氏郷の半生を描く長編戦国時代小説。単行本の帯には「先の見えすぎた男が背負った重き十字架」「信長惚れこみ、秀吉が畏れた武将・蒲生氏郷の知られざる生涯を描く」の文字が書かれていた。
蒲生氏郷は、前から気になる戦国武将の一人だったが、いずれの時代小説でも、静かに登場して、気がつくと大きな石高の領地を持ちながらも、その後もたいした活躍もせずに去っていく、そんな傍役として描かれることが多い。利休七哲として名を挙げられたり、松本清張さんの短編「奥羽の二人」に描かれたりするぐらい。そういう意味からも彼を主人公にしたこの作品は貴重だ。
「信長さまには勝てないと、私が父に進言いたしました」
(中略)
「いいえ。南蛮鎧をまとっておられた信長さまのお姿を拝し、このお方には勝てぬと分ったのでございます」
「それだけで、なぜ勝てぬと分った」
「私は父から地球儀というものを見せられ、世界中にさまざまな国があることを知りました」
信長が南蛮鎧をまとっているのは、世界を視野に入れた戦いをしようとしているからだ。そんな相手に六角家や蒲生家がかなうはずがないと、鶴千代は岐阜で感じたままのことを語った。
(『レオン氏郷』P.40より)
安部さんの描く信長像は、信長三部作『信長燃ゆ』などで描かれた信長像の延長線上にもあり、魅力的だ。カリスマ性を持ちながらも血が通った面も見せてくれる。秀吉像と対照的だ。
冷たい水に頭までひたって外に出ると、体が急に熱くなり、新しい生活に踏み出したことをひときわ強く実感した。
「氏郷どの、洗礼名レオンをさずけます」
右近が名づけ親となって命名した。
レオンとは獅子、あるいは獅子王という意味である。「ローマのパパ」と慕われた法王レオI世に由来する名前だった。
(『レオン氏郷』P.252より)
うかつにも氏郷がキリシタン大名だったということを知らなかった。本書でローマ法王に使節団を送ったりもしていたことを知る。そして、使節に随行した近江商人がイタリア式簿記(今日の複式簿記の原型)を日本に持ち込んだという記述が興味深い。
利休は手早く点てた熱めの茶をさし出した。
(略)
伝えようとしたのは二つだった。
ひとつは不義に屈するなということである。氏郷がどんな立場におかれているか、利休もよく分っている。その上で不義に屈するなとは、秀吉や政宗に妥協してはならないということだった。(略)
もうひとつは手落しの所作の中に、秀吉の秘密を解く鍵があるということだ。
(『レオン氏郷』P.381より)
颯爽として若々しい信長の小姓・近習時代の活躍もいいが、物語後半の秀吉、終盤の伊達政宗との緊張感あふれる対峙も読みどころ、物語に引きこまれる。氏郷は四十歳で亡くなっている。歴史は勝者(=長生きした者)によって作られるだけに、彼があと十年長生きしていたら、歴史はどうなっていたのだろか?
主な登場人物◆
蒲生忠三郎賦秀(幼名鶴千代、後の氏郷)
蒲生賢秀:忠三郎の父で近江・日野の城主
蒲生式部少輔茂綱:賢秀の弟で、忠三郎の叔父
蒲生山城守:賢秀の叔父
とら:忠三郎の末の妹
初音:忠三郎の姉
和田三左衛門:甲賀の土豪で、忍びと鉄砲の名手
日野屋次郎五郎:商人日野屋宗伯の五男
関盛信:亀山城主
関一政:盛信の子
岩間八左衛門:盛信の家臣
越前屋幸太夫:岐阜の豪商
織田信長:尾張・岐阜の領主
六角承禎:南近江の領主
足利義昭:将軍
神戸具盛:伊勢神戸城の城主
堀久太郎:信長の太刀持ち。後の秀政
佐久間信盛:信長の家臣
柴田勝家:信長の家臣
森可成:信長の家臣
丹羽長秀:信長の家臣
木下秀吉:信長の家臣
明智光秀:信長の家臣
稲葉一鉄:美濃三人衆の一人
亀藤丸:信長の小姓
織田上総介信忠:信長の嫡男
茶筅丸(後の信雄):信長の次男
三七(後の信孝):信長の三男
種村伝左衛門:忠三郎の寄騎
結解十郎兵衛:蒲生家の譜代の家臣
北畠具教:北伊勢の領主
冬姫:信長の娘で、忠三郎の妻となる
ルイス・フロイス:イエズス会の宣教師
細川藤孝:義昭の側近
与一郎:藤孝の嫡男
高山右近:高槻城主でキリシタン大名
千利休:茶匠
オルガンチーノ:畿内の布教長
アレッシャンドロ・ヴァリニャーノ:イエズス会の東アジア巡察師
多賀豊後守:光秀の使者
布施忠兵衛:忠三郎の姉婿
ロルテス:イタリア人の南蛮船航海士、日本名を山科羅久呂左衛門勝成という
徳川家康
上坂左文:氏郷の家臣
コエリョ:イエズス会の副管区長
角屋七郎次郎:大湊一の豪商
西村左馬允:蒲生家の足軽
町野左近将監繁仍:氏郷の家臣
町野輪之丞:甲賀組の頭
山上宗二:利休の高弟
伊達政宗:奥州の武将
伊達成実:政宗の家臣
須田伯耆守:伊達家の家臣
木村吉清:旧大崎・葛西の領主
蒲生源左衛門郷成:氏郷の家臣
村井玄庵:蒲生家の従軍医師
浅野正勝:奥州奉行浅野長政の重臣
豊臣秀次:関白
物語●永禄十一年、尾張と岐阜の領主織田信長は足利義昭を奉じて、上洛の軍勢を起こした。近江の日野城主蒲生賢秀の嫡男・鶴千代(後の蒲生氏郷)は、数え年十三歳ながら、南蛮人が作った地球儀に魅せられていた。そして、信長から、上洛の安全を図るために近江の軍勢を都に向かって先発するように、、蒲生家に申し入れがあった。
信長からの申し入れに対して、蒲生家の大半の重臣たちは、主君である六角承禎にしたがって、承禎と行動をともにすべきという意見に傾きかけていた。鶴千代は、これから織田の軍勢と戦うのに、どうして誰も信長の戦い方に触れないのか不思議に思う。
そして、鉄砲の名手和田三左衛門と戦商日野屋次郎五郎と、岐阜まで信長の軍勢を視察しに行く…。
目次■信長襲来/人質/初陣の手柄/裏切り/焼き討ち/惨劇/自信と誇り/夢を継ぐ者/兄弟の盃/ローマ使節/獅子王誕生/追放/十楽の地/心変わり/皆殺し/対決/救出/鶺鴒の目/巧妙な罠/ゴルゴタの丘/あとがき