2024年おすすめの時代小説ベスト10(文庫)
「時代小説SHOW」による、2023年時代小説ベスト10【文庫書き下ろし部門】を発表いたします。
対象作品は、Amazonでの発売日または奥付表記が2023年11月1日から2024年10月31日の間に発行された時代小説(シリーズ)で、文庫書き下ろし(文庫オリジナル)作品に限られます。なお、単行本の文庫化作品は対象外です。
2023年も多くの素晴らしい時代小説が発行されました。しかし一方で、読書離れが進み、時代小説の読者層が固定化・高齢化している現状には危機感を覚えます。これに対し、どうすれば良いのでしょうか。今年もその答えを求めて模索していきたいと思います。
「時代小説SHOW」では、面白い時代小説をさまざまな形で紹介しています。今回のベスト10では、一気読みできる面白さを持つ作品に加え、時代小説の世界に新しい読者を招き入れるような魅力的な作品を選出することを心がけました。
カバー装画:吉實恵
永嶋恵美(ながしま・えみ)
新潮社・新潮文庫
対象期間中の作品は『檜垣澤家の炎上』(2024年7月刊)の1作。
♪ 横浜の豪商・檜垣澤(ひがきさわ)家を舞台にした時代ミステリーです。当主の妾だった母を失い、父も卒中で寝たきりとなったかな子は、孤児同然の状態で檜垣澤家に引き取られます。様々な事件を経て女主スヱに認められたかな子が、やがてお嬢様にまで成り上がっていく様子を描いた、痛快なビルドゥングスロマンです。
檜垣澤家の当主として家業を取り仕切る本妻スヱ、その後継者の長女・花、美を競い合う三人姉妹といった女系家族の中で、かな子は持ち前の聡明さとたくましさを発揮し、自らの居場所を巧みに築き上げていきます。
大富豪一族に渦巻く陰謀と欲望に巻き込まれながらも、明治から大正という激動の時代を生き抜いていくかな子の秘めた野望と策略が、読者を最後まで惹きつけます。壮大でスリリングなノンストップエンタメ小説に、思わず圧倒されました。
カバーデザイン:bookwall
カバーイラストレーション:おおさわゆう
白蔵盈太(しろくら・えいた)
双葉社・双葉文庫
対象期間中の作品は『実は、拙者は。』(2024年5月刊)の1作。
♪ 時代は享保八年(一七二三年)。江戸深川佐賀町の裏店「市蔵店」に独りで暮らす棒手振りの八五郎。八五郎は、目立ってなんぼの棒手振り稼業にあって、影の薄さが大きな悩みです。
ある夜、巷で話題の謎の幽霊剣士が旗本を襲う場面を目撃した八五郎。その剣士は、なんと長屋の隣室に住む浪人・雲井源次郎だったのです。さらに八五郎自身も、その影の薄さを生かして定廻り同心が私的に飼う「犬」と呼ばれる間者(密偵)を務めていました。普段は町中で普通に暮らしながら、犯罪に関する噂や幕府への批判、打ち壊しの相談など、世間を騒がせる不穏な動きを聞きつけては、同心に密告するという裏の顔を持っています。
義賊、忍び、影御用、幽霊剣士――様々な裏の顔を持つ人物たちが織りなすハチャメチャな展開の中で、ユーモアとペーソスが満載の主人公・八五郎の人物造形が光ります。一気読み必至の面白さを備えた、新感覚の時代小説です。
カバーデザイン・イラスト:遠藤拓人
芝村凉也(しばむら・りょうや)
双葉社・双葉文庫
対象期間中の作品は『(九)廓証文』(2023年12月刊)、『(十)廓証文』(2024年4月刊)、『(十一)霧の中』(2024年8月刊)の3作。
♪ 連続1位は逃しましたが、3年連続でベスト3入りを果たした傑作シリーズ。その面白さの源泉は、捕物劇を描くにあたって、奉行所内外の出来事や人間関係をリアルに描き出し、組織の中で捜査官である同心たちがどのように動くのかに焦点を当てた「奉行所小説」という点にあります。
主人公の裄沢広二郎は、論理的な思考に基づく推理でいくつかの事件を解決したことが評価され、奉行より隠密廻り同心に抜擢されました。内勤から外回りへと役目が変わり、捕物を扱うことが増えたことで、ますます活躍の幅が広がります。一方で、閉鎖的な奉行所内では悪目立ちする存在であり、上司である与力にへつらわない「はぐれ同心」でもあります。
本シリーズが痛快でありながら心に深く響く理由は、鋭い洞察力と切れ味鋭い推理だけではありません。人に優しく情に厚い一方で、信念をもって正義を貫くためには反骨も厭わない――そんな裄沢の厄介な性格が、物語に独特の魅力を与えています。そこには、読むたびに新たな発見があり、一気読みせずにはいられない面白さがあります。
装画:つよ丸
カバーデザイン:谷井淳一
阿岐有任(あき・ありとう)
文芸社・文芸社文庫
対象期間中の作品は『紫式部の一人娘』(2024年2月刊)の1作。
♪ 2024年のNHK大河ドラマは「光る君へ」でした。この放送に関連して、平安時代を題材にした本が多数出版されました。その中でも秀作が多く見られましたが、特に印象的だったのが本書です。
主人公は紫式部の一人娘であり、父は藤原宣孝。越後弁や大弐三位とも呼ばれ、百人一首に「有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする」の句が選ばれている歌人・藤原賢子(かたいこ)です。本書には、連作形式の短編4編が収録されています。
物語は、賢子が少女から大人の女性へと成長する過程で出会った三人の女性(中将の君、藤原公任の娘、元子女王)との関わりと、自身の婚活について描かれています。前の3編では、賢子がそれぞれの女性たちから恋、仕事、そして人生について学びます。そして、第4編で描かれる賢子自身の婚活の物語は、まさにその集大成といえる内容で圧巻です。
平安王朝の人間模様がリアルかつ生々しく描かれ、登場人物たちがグッと身近に感じられます。地の文は読みやすい現代文でありながら、会話部分が古文調で書かれているため、平安時代の雰囲気を存分に楽しむことができました。
カバー画:山本祥子
カバーデザイン:bookwall
早川隆(はやかわ・たかし)
中央公論新社・中公文庫
対象期間中の作品は『(一) 那珂湊 船出の刻』(2024年8月刊)、『(二) 鹿島灘 風の吹くまま』(2024年10月刊)の2作。
♪ 時は慶安。由比正雪の乱の翌年、水戸藩の那珂湊で密かに建造された弁財船「疾渡丸(はやとまる)」。この船には、商船のふりをして諸国を巡りながら湊の平和を守るという、幕府からの密命が下されていました。
那珂湊一の船大工・岩吉が作り上げたこの船は、着脱式の帆柱など、先進的な機能を備えた唯一無二の存在です。その疾渡丸の船頭(船長)には、経験豊富で人情味あふれる岩吉の息子・虎之助が迎えられます。さらに、楫取(副船長)として公儀隠密の仁平が任命され、仕事に厳しい九兵衛が率いる水主(水夫)たちが乗り込んで出航します。
全国の湊では悪が蔓延し、幕府転覆の兆しすら見え隠れする中、この疾渡丸と乗組員たちが主人公となり、勧善懲悪の物語が展開されます。各地の湊の風情やご当地の美味が描かれるだけでなく、捕物のスリルもあり、読みどころが満載です。爽快感あふれる海洋時代小説として、その魅力を存分に堪能できる一作です。
カバーイラスト:中島梨絵
カバーデザイン:アルビレオ
有馬美季子(ありま・みきこ)
KADOKAWA・角川文庫
対象期間中の作品は『お葉の医心帖』(2023年11月刊)、『お葉の医心帖 つぐないの桔梗』(2024年5月刊)の2作。
♪ 本書は、著者初の医療小説です。医療を題材にした時代小説は、人情物や捕物との親和性があり、面白い作品が多い一方で、江戸の医療事情や漢方医術に関する知識が必要とされるため、難しいジャンルの一つでもあります。
本シリーズの主人公・お葉は、奉公先で苛め抜かれ、心を壊して入水自殺を図った16歳の少女です。お葉を救ったのは、五十を過ぎた町医者・道庵でした。死ぬことを許されなかったお葉は、声を出さずに泣くだけで、口を閉ざし、道庵が用意した薬も粥も受け付けないまま心を閉ざしていました。しかし、道庵の診療所で養生を続けるうちに、患者と真摯に向き合う道庵の姿に触れ、少しずつ信頼を寄せるようになります。そして、道庵から小さな手伝いを頼まれるうちに、自らも医術、特に薬草に興味を持つようになっていきました。
連作形式で綴られるこの物語は、心が再生されていく様子を描いており、とても癒されます。現在も学校や職場でいじめに悩む人は少なくないと思います。本書は、そうした悩みを抱える方々にぜひ読んでいただきたい作品です。この本を通じて、大切なことに気づいてもらえることを願っています。
装丁:高柳雅人
装画:槇えびし
吉村喜彦(よしむら・のぶひこ)
PHP研究所・PHP文芸文庫
対象期間中の作品は『江戸酒おとこ 小次郎酒造録』(2024年7月刊)の1作。
♪ 主人公・小次郎は、灘の酒蔵・和泉屋の次男として生まれ、酒造りに人生を懸ける若者です。江戸の造り酒屋・山屋で修業に励む小次郎の奮闘と、彼を取り巻く仲間たちとの友情やライバルとの闘いのドラマが描かれています。
本書の魅力の一つは、酒に対する江戸と灘の価値観の違いを鮮やかに描いている点です。江戸では水割り酒が一般的だったという描写があり、その新鮮な視点が物語に深みを与えています。
著者・吉村喜彦さんは、時代小説は本作が初挑戦ですが、サントリー宣伝部での勤務経験を持ち、酒をテーマにした現代小説を多数手掛けてきた作家です。酒に関する深い知識が存分に活かされた本書は、酒好きの方にもぜひ手に取っていただきたい一冊です。
読み終えた後は、きっと美味しい日本酒が飲みたくなることでしょう。
装画:かない
装幀:アルビレオ
森明日香(もり・あすか)
角川春樹事務所・時代小説文庫
対象期間中の作品は『牡丹ちる おくり絵師』(2024年5月刊)の1作。
♪ 著者は、亡くなった人を絵で追悼する「死絵(しにえ)」を描く絵師・おふゆを主人公にした『おくり絵師』で、2024年に第13回日本歴史時代作家協会賞を受賞しました。
江戸で絵師の見習いとして修業を始めたおふゆは、幼馴染で憧れていた役者の死をきっかけに、描いた死絵が話題となります。続編の第2弾『牡丹ちる』では、ご禁制とされていた立役と女方の心中を描いた読売に関与したとの疑いで、おふゆは岡っ引きに捕らえられてしまいます。やがて無実が認められるものの、絵を描くことの怖さを痛感する出来事となりました。
その後、十日ほど経っても番屋に連れて行かれた衝撃から立ち直れないおふゆのもとに、地本問屋から心中の読売に描かれた二人を芝居の道行として描いてほしいという注文が入ります。
死絵を描くことに悩みながらも、真摯に立ち向かうおふゆの姿が端正に描かれた作品です。
カバー装画:田地川じゅん
カバーデザイン:大岡喜直(next door design)
夜弦雅也(やげん・まさや)
講談社・講談社文庫
対象期間中の作品は『逆境 大正警察 事件記録』(2024年9月刊)の1作。
♪ 本書は、大正時代を舞台に、旧来の自白に依存した捜査手法から、指紋などの科学捜査が始まった時代背景を描いた警察ミステリーです。
警視庁の虎里武蔵は、東京府青梅で発生した少女殺害事件の現場に臨場します。被害者は6歳の少女で、現場に残されていたスコップから父親の指紋が検出され、彼が容疑者として逮捕されました。しかし、武蔵は捜査結果に納得できず、独自に捜査を開始します。
当時の捜査手法は、江戸時代の「岡っ引き方式」を引きずったもので、班による集団捜査ではなく、刑事たちが単独行動で手柄を競うことが奨励されていました。一方で、科学捜査も徐々に取り入れられ始めており、大正期の警察組織が抱える混乱が克明に描かれています。その描写は歴史小説のような深みがあり、読者を引き込む魅力があります。
また、主人公の武蔵をはじめ、個性豊かな刑事たちのキャラクターも本書の魅力の一つです。彼らの葛藤や成長が物語に彩りを添え、読後には続編を期待せずにはいられない作品となっています。
カバーデザイン:中原達治
カバーイラスト:大前壽生
喜多川侑(きたがわ・ゆう)
祥伝社・祥伝社文庫
対象期間中の作品は『圧殺 御裏番闇裁き』(2024年1月刊)、『活殺 御裏番闇裁き』(2024年7月刊)の1作。
♪ 『瞬殺 御裏番闇裁き』で鮮烈なデビューを果たした著者が描く、痛快な時代小説。芝居小屋『天保座』を舞台に、芝居者たちが表の顔とは別に将軍家斉直属の「御裏番」として幕府転覆を狙う者たちを密かに退治する物語です。華やかさと外連味を兼ね備えたエンターテインメント性が魅力です。
天保座の座元・東山和清は元南町奉行所の隠密廻り同心。三年前、許嫁の不慮の死をきっかけに『御裏番』へ転身し、芝居小屋を隠れ蓑に闇の仕置き人として活動してきました。そんな和清に、南町奉行・筒井政憲は吉原で起こる幕府を揺るがす陰謀を追い、悪を成敗するよう命じます。
スケール感とエンタメ性が際立ち、サスペンスの緊張感の後にスカッと爽快な読後感が味わえます。まさに「文庫書き下ろし」にふさわしい時代小説シリーズです。
時代小説ベスト10【単行本部門】は2025年1月5日(日)ごろ公開予定です。どうぞご期待ください。