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深川を舞台とした本格市井小説

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富樫倫太郎さんの『すみだ川物語 宝善寺組悲譚』を読んだ。富樫さんの作品は未読だったが、『陰陽寮』や『妖説 源氏物語』などの、平安朝を舞台にした伝奇小説で知られる作家である。その富樫さんが、江戸深川を舞台にした物語を書かれたということで、興味津々で読み始まる。

 油堀に沿って材木町を通り過ぎると、仙台堀と油堀を結ぶ小さな堀に丸太橋という橋が架かっている。このあたり一帯には縦横に大小の堀が交差しており、それらの堀にたくさんの橋が架かっている。水に囲まれて暮らしているといってもいいくらいなのだ。それらの堀の水は、すみだ川から流れ込んでいる。

 丸太橋を渡ると、そこが深川富久町である。

 ここにお結の住む裏店がある。

(『すみだ川物語 宝善寺組悲譚』P.10より)

これは、まぎれもない市井時代小説である。主人公は深川富久町に暮らす十五歳になる娘・お結である。お結は、体を壊している日雇取りの父・慎吉と十歳の弟・善太と三人暮らし。お結は、近くのお寺・宝善寺の境内で遊び育った親しい仲間たちと「宝善寺組」というグループを名乗って、固い絆で結ばれていた…。

作品のタイトルに「悲譚」の文字があるように、貧しいながらもささやかな温もりの中で暮らす親子や若者たちを、やがて酷い現実が容赦なく襲いかかる。どす黒い闇の向こうに幸せは…。

久しぶりに本当に貧しい生活を送る人たちを描いた物語を読んだ気がする。澤田ふじ子さんの名作『虹の橋』を思い出した。ところで、この「すみだ川物語」は3月25日に発売される『切れた絆』に続く。市井物で1冊で完結しない話が展開できる、作者のストーリーテラーぶりはすごい。

虹の橋 (中公文庫)

虹の橋 (中公文庫)