深川あやかし屋敷奇譚|笹目いく子|アルファポリス文庫
笹目いく子(ささめいくこ)さんの第2作、『深川あやかし屋敷奇譚』が新たに本棚に加わりました。
著者はアルファポリス第8回歴史・時代小説大賞に2作を応募し、本作で特別賞を受賞。もう1作は大賞を受賞し、2024年に『独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖』として文庫デビューを果たしました。
『独り剣客』が藩の内紛を背景に親子の絆を描くアクション人情時代小説であるのに対し、『深川あやかし』は軽妙洒脱な江戸あやかしミステリ。ジャンルもタッチも違う2つの作品は、それぞれに時代小説の新たな魅力を引き出す作品となっています。
あらすじ
大店の放蕩次男坊・仙之助は、怪異に目がない変わり者。深川にある彼の屋敷には、いわく因縁付きの「がらくた」ばかりが集められている。
呪いや祟りをまったく信じない女中・お凛は、仙之助の奇妙な趣味に呆れつつも、今日もあやしげな品々の謎解きに巻き込まれていく。――自ら火を出す呪われた振袖。ひとりでに歩き出す市松人形。飼い主の周囲に不幸をもたらす猫。そして、無残に打ち捨てられた遺骸のそばに現れる妖怪・以津真天(いつまで)。
これは怪異なのか、それとも誰かの策謀なのか。ミステリと怪異が交錯する、江戸あやかしミステリの最高峰、ここに誕生。
(『深川あやかし屋敷奇譚』カバー裏の内容紹介より抜粋・編集)
読みどころ
主人公の仙之助は、浅草田町の高級料理茶屋『柳亭(やなぎてい)』の次男坊。見た目は洗練された美男子だが、中身は掴みどころのない変人で、遊び好きの放蕩者です。
商いにも興味がなく、親のすねをかじりながら、木場・島田町の瀟洒な屋敷で趣味に耽る日々を送っています。
彼の趣味は、怪しげな品々の収集。それも「幽霊が出る掛け軸」「呪われた石」「笑う箪笥」といった、いわくつきのものばかり。屋敷は「あやかし屋敷」と呼ばれ、仙之助は「天眼通の旦那」なる胡散臭いあだ名をつけられる始末。
そんな仙之助に仕える女中が、お凛。深川大和町の蕎麦屋で育った十五歳の娘で、小柄ながら力持ち。祟りも呪いも信じず、「妖しいものを寄せ付けない体質」と思い込まれています。
物語の発端
ある日、仙之助のもとに、古着・太物屋『すえ吉』の手代・藤吉が「呪われた振袖」を持ち込みました。
目にも鮮やかな赤地に吉祥文様が描かれた美しい振袖。しかし、袂と裾が黒く焼け焦げています。
藤吉の話によると、火の気のない場所で二度にわたり着物から出火し、二度目には、『すえ吉』の主の娘・お菊がたまたま羽織った際に、着物から炎が上がり、足に火傷を負ったという。
この話に仙之助は興味津々。「明暦の大火(振袖火事)」を連想させるこの振袖を、すぐに引き取ることを決めました。
仙之助とお凛のコンビが楽しい
怪異と謎解きの組み合わせが楽しい本作の魅力は、祟りや呪いが何よりも好きな仙之助と、それをまったく信じないお凛の軽妙洒脱な掛け合いにあります。
「こんなものを押しつけられてしまって。食欲が失せやしませんか?」 お凛はげんなりした表情で振袖を見つめる。
「どうしてさ? こいつを眺めながら飯三杯はいけるね。祟られた振袖だぜ。最高じゃないか」
仙之助は優男風の顔をうっとりと上気させ、変人ぶりを発揮している。お凛は、おかずの煮穴子を二匹から一匹に減らしてやったが、仙之助は気づく様子もない。
「この振袖から、本当に火が出たんでしょうか。どうせまたまがいものなんじゃございませんか?」
「なんということを言うんだ。失敬な。どこから見たって呪われてるじゃないか。この禍々しさ。この忌まわしさ。ああ、美しい……」(『深川あやかし屋敷奇譚』P.22より)
仙之助は、お凛を「祟りも呪いも撥ねのける体質」と言い、鬼も裸足で逃げ出す「樟脳のような存在」と紹介します。これに対し、お凛も負けじと言い返す掛け合いが痛快で、物語のテンポを軽快にしています。
お客に対して、十五歳の乙女、お凜を祟りも呪いも撥ねのけてしまう娘と言い、鬼も裸足に逃げ出す、樟脳みたいなものとも紹介する、失敬な仙之助に対して、お凜も少しも負けていないで言い返すところが楽しく、物語に引き込まれていきます。
* * *
怪異と謎解きを組み合わせた本作は、「江戸あやかしミステリの新たな傑作」といえるでしょう。
呪われた振袖に始まり、次々と持ち込まれる怪異と、それに隠された真相。洒脱な会話劇と、謎解きの面白さが見事に融合し、読者を引き込みます。
ご紹介はここまで。続きが気になった方は、ぜひ手に取ってみてください。
書籍情報
深川あやかし屋敷奇譚
笹目いく子
アルファポリス アルファポリス文庫
発売 星雲社
2025年2月5日初版発行
Illustration:丹地陽子
Design Work:AFTERGLOW
目次
たたり振袖
生き人形
化け猫こわい
百物語
本文338ページ
アルファポリス第8回歴史・時代小説大賞特別賞受賞作。
■今回取り上げた本
![](https://www.jidai-show.net/wp/wp-content/uploads/2024/07/4434337599-160x90.jpg)