『埋火 芝神明宮いすず屋茶話(一)』|篠綾子|双葉文庫
今回は、篠綾子さんによる文庫書き下ろしの時代小説、『埋火 芝神明宮いすず屋茶話(一)』(双葉文庫)をご紹介します。
篠綾子さんは、2017年に「更紗屋おりん雛形帖」シリーズ(文春文庫)で第6回歴史時代作家クラブ賞シリーズ賞を、2019年には『青山に在り』(KADOKAWA)で第8回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞した実力派作家。
歴史小説ばかりか文庫書き下ろし時代小説で定評のある著者が、今回も新シリーズを手掛けています。
芝神明宮の門前茶屋「いすず屋」の女中として働くお蝶。人には言えないとある事情を抱えながら、茶屋で働き続けることができるのも、女将のおりく、そしてしょっちゅう茶屋に顔を出してくれる町火消し「め組」の連中のおかげだ。そんなある日、お蝶の幼馴染みで、油問屋の跡取り娘のお美代が店を訪れる。温泉へ湯治に行く間だけ、飼っている仔猫を預かってくれないか、と頼んできたお美代だが、どことなく思いつめた様子に、お蝶は不安を覚える。門前町を舞台に義理と人情あふれる日常を描き出す新シリーズ開幕!
(『埋火 芝神明宮いすず屋茶話(一)』カバー裏の紹介文より)
物語は、芝神明宮の門前にある「いすず屋」を舞台に、お蝶やその周囲の人々の人情あふれる日々が描かれています。
第1話「猫と魚油」では、幼馴染みの美代から仔猫を預かることになったお蝶が、茶屋の常連である「め組」の火消したちから、美代の家である熱川屋に関する怪しい噂を聞き、物語が動き出します。
「熱川屋かあ」
と、要助が複雑そうな声で言った。火消したちは「よりにもよって」と言いたげに顔を見合わせている。
「熱川屋さんに何かあるの」
お蝶が尋ねると、
「あそこ、何度か小火を出してるんだよな」
と、勲が小声になって答えた。
「え、小火?」(『埋火 芝神明宮いすず屋茶話(一)』 P.47より)
可愛らしい仔猫「そら豆」とともに、日常の中に潜む謎や危険が次々と明らかになるミステリータッチの展開に、ドキドキさせられます。
本作は連作形式で、全4話で構成されています。日々の温かい交流を描く一方で、予想外の大きな物語が少しずつ動き始めるのも見どころです。
重臣たち保守派と、藩主を後ろ盾に持つ改革派。
芝居小屋で演じられるようなお家騒動の火種が、昔馴染みのお貞の周辺で今にも燃え上がろうとしていることが、どうにも腑に落ちない。それでいながら、恐ろしいという気持ちも同時に湧いた。(『埋火 芝神明宮いすず屋茶話(一)』 P.195より)
それはお蝶の過去、そして加賀藩のお家騒動に関わっていく伏線でもあります。
次巻が待ち遠しくなる新シリーズのスタートです。
埋火 芝神明宮いすず屋茶話(一)
篠綾子
双葉社・双葉文庫
2024年10月12日第1刷発行
カバーデザイン:bookwall
カバーイラストレーション:おとないちあき
●目次
第一話 猫と魚油
第二話 め組と加賀鳶
第三話 百万石の花屋敷
第四話 双頭蓮
本文307ページ
文庫書き下ろし
■今回取り上げた本