『罪の殘骸 峰打ち同心 千坂京之介事件帖』|西川司|光文社文庫
西川司(にしかわつかさ)さんの『罪の殘骸(かけら) 峰打ち同心 千坂京之介事件帖』(光文社文庫)は、文庫書き下ろしの痛快時代小説です。
「深川の重蔵捕物控ゑ」シリーズ(二見時代小説文庫)で注目される著者が出版社を変えて挑む新シリーズになります。
別シリーズの主人公である岡っ引の深川の重蔵が本書にも登場する一方で、本書の主人公は千坂京之介は、「深川の重蔵捕物控ゑ」シリーズにも出てきます。
「深川の重蔵捕物控ゑ」ファンは、本書の世界にスッと入っていくことができるでしょう。
もちろん、本書から読み始めても問題はありません。
頭脳明晰かつ剣術の達人。錦絵から飛び出してきたような男ぶり。定町廻り同心の中で手柄の数も町人たちからの人気も群を抜く。そんな京之介にも弱みがある。それは、幼馴染の志乃と、血を見ると吐き気がすること……。“華のある”時代小説の同心ヒーロー、京之介が、深川の重蔵ら岡っ引の力を借りて、江戸の難事件・怪事件を“峰打ち”で解決する!
(『罪の殘骸 峰打ち同心 千坂京之介事件帖』カバー裏の説明文より)
弘化三年(1846)弥生。
その日、北の定町廻り同心、千坂京之介は、かつて兄弟同然に育った、南町奉行所定町廻り同心貝原和馬の屋敷に呼び出されました。
京之介と和馬の妹志乃は、十年前まで許嫁の間柄でした。
ところが、勘定奉行所の評定所留役嘉納忠右衛門から志乃を後添えに迎えたいと申し入れされると、志乃の父・貝原源次郎は承諾しました。
そして京之介の父の千坂伝衛門も了承し、京之介と志乃の縁談は破談になり、忠右衛門のもとに志乃は嫁いでいきました。
京之介は、裏切られた想いで目が眩むほどで、志乃に対して激しい憤りを覚えました。
伝衛門からも「志乃のことは諦めろ」と言われました。
『よいか、京之介、人を信じてはならん。特に侍はな……信じていい人間がいるとすれば、深川の重蔵だけだ……』
『父上、どうしてそのようなことを言うのですか?』
京之介は、語気を強くして訊いた。“特に侍はな”と聞いたとき、真っ先に貝原源次郎の顔が浮かんだのである。
『おれの用心が……足りなかったばかりに……おまえには済まぬことをしてしまった。許せっ……』(『罪の殘骸 峰打ち同心 千坂京之介事件帖』P.20より)
大量の喀血をして息を引き取る前、伝衛門は京之介に謎の言葉を残していました。
そんな因縁のある和馬は、京之介に「昨夜、侍がひとり殺された」と話し始めました。
殺された侍は貝原家の遠縁の者で、袈裟斬りにされたうえで首を斬り落とされたと言い、仇討ちだったとも言いました。
しかし、仇討ちの相手は他にもいるらしいがわからないので、手を貸してほしいと。
そろそろ番屋廻りに出る刻限なので失礼すると、断って出て行こうとする京之介。
「志乃が離縁されたのは、おめぇのせいでもあるんだぜ」
唐突に、和馬が言った。
京之介は立ち止まり、凝然として和馬を見下ろしたまま、
「それはどういうことです?」
と訊いた。
「詳しく知りてぇなら、教えなくもないが、それは手を貸し終えたあとだな」
和馬は勝ち誇った笑みを見せている。(『罪の殘骸 峰打ち同心 千坂京之介事件帖』P.29より)
京之介が仇の行方を追うと、意外な事実が次々にあきらかになり……。
言動がいちいち小憎らしく、京之介付きの岡っ引定吉が代わりにかみつくことも。
京之介に屈折した思いを抱く和馬が、この捕物小説のアクセントになっていて、興趣を深めています。
和馬は、「第二話 謎の浮世絵師」では、己の廻り筋で起きた、厄介な絵師の心中事件を京之介に押しつけたり、「第三話 流離う名刀」では逆に京之介の廻り筋で起きた骨董屋の押し込み事件に嚙ませろと乗り出してきたり、と傍若無人に絡んでくる濃いキャラクターを演じています。
頭脳明晰かつ剣術の達人で、錦絵から飛び出してきたような男ぶりで、捕物上手な京之介ですが、「血」を見ると、吐き気を催したり、激しい頭痛に襲われたりして、血を見るのが苦手に。
そのため、剣の立ち合いでは不利な峰打ちで相手を倒す同心になっていました。
峰打ちにより相手を殺さない京之介は、人情味の厚い同心でもあり、本書の読み味を良くしています。
その持ち味がよく表れているのが、「第四話 命懸け」です。
お政は、酒毒が回り、厄介者となっている父と二人暮らし。年の離れた妹およしには、料理屋に住み込み女中として働き、板前見習いの男との祝言の話があり、父と関わらず幸せになってほしいと願うお政。
そのお政の前に、若い頃に付き合っていたならず者の男が島から帰ってきて現れました……。
志乃は、その後、嘉納忠右衛門から離縁を言い渡されて、今は実家の貝原家に戻っています。
京之介と志乃の関係がどうなるのかも気になるところです。
文庫書き下ろし時代小説のツボを押さえた、リーダブルで人情がたっぷり詰まった、勧善懲悪の話が楽しめる捕物シリーズの始まりです。
ちなみに、「深川の重蔵捕物控ゑ」シリーズは天保十二年(1842)弥生にスタートしているので、本書は約四年後が舞台になっています。
時間の流れによる、京之介や重蔵、定吉らの年の取り方など、二つのシリーズを読み比べてみるのもおすすめです。
罪の殘骸 峰打ち同心 千坂京之介事件帖
西川司
光文社 光文社文庫
2024年8月20日初版1刷発行
カバーデザイン:盛川和洋
カバーイラスト:浅野隆広
●目次
第一話 仇討ちの行方
第二話 謎の浮世絵師
第三話 流離う名刀
第四話 命懸け
本文305ページ
文庫書き下ろし
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