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大火で孤児となった少年と、剣客で三味線師匠の親子ごっこ

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『独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖』|笹目いく子|アルファポリス文庫

独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖2022年に、アルファポリス第8回歴史・時代小説大賞大賞を受賞した、笹目いく子(ささめいくこ)さんの時代小説「調べ、かき鳴らせ」を改題した文庫デビュー作、『独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖』
同賞は、Web投稿・閲覧サイトを運営しているアルファポリスが主催する賞です。
選考概要を読むと、478作の応募があり、多種多様な作品が集まった中で、「満場一致の高評価だった」そうです。

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本所・松坂町に暮らし、三味線の師匠として活計を立てている岡安久弥(おかやすひさや)。しかしひとたび刀を握れば、鬼神のごとき戦いぶりを見せる一刀流の使い手だ。
大名家の庶子として生まれ、市井に身をひそめ孤独に生きてきた久弥だが、ある転機が訪れる。文政の大火の最中、幼子を拾ったのだ。名を持たず、居場所をなくした迷い子との出会いは、久弥の暮らしをすっかり変えていく。思いがけず穏やかで幸せな日々を過ごす久弥だったが、生家に政変が生じ、後嗣争いの渦へと巻き込まれていき――

(『独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖』カバー裏の内容紹介より)

文政十二年(1829)三月に、神田佐久間町二丁目から出火した炎は、江戸下町の中心部を丸ごと焼き尽くす未曾有の大火となりました。
その混乱の中で、本所松坂町で三味線を教えている岡安久弥は、橋の上でぽつんと佇んでいる少年を拾いました。

 こぼれそうに大きな目をした子供だった。十かそこらという年頃だろうか。煤に汚れ憔悴した顔に、炎熱に晒され充血した双眸だけが無防備に光っている。後頭部で一つに縛った髪は灰まみれで、あちこち焦げて縮れていた。真っ黒に汚れた単は元の色も判然とせず、黒ずんだ裸足の足元が痛々しい。
 総髪に黒ずくめの小袖袴、腰に二刀を差す長身の青年を見て、少年が身を硬くした。
「……こんなところで、どうした? おとっつぁんかおっかさんは一緒じゃないのか」
 少年はどこか虚ろな目で見上げたまま、答えない。

(『独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖』P.4より)

久弥はひとまず家に連れて帰ることにするが、少年は逃げているうちに精魂を使い果たしたのか、まもなく意識をなくしました。見える範囲に大怪我を負っている様子はありませんでしたが、着物に隠れた上腕や右肩、背中などに杖か木刀で殴られた痣や傷がいくつもありました。

子供の診療も専門にする腕利きの医者橋倉林之介を呼んで、少年の手当てをしてもらい、久弥は玉子雑炊を食べさせ、薬を飲ませたり、甲斐甲斐しく面倒を見始めました。

本来であれば、迷子は町方へ届けることが定められていますが、事情を話したがらない子供を、問答無用に役人に引き渡すのが最善なのか迷った末に、少し様子を見ることに。

行きがかり上拾ったとはいえ赤の他人で、自分は独り身で血腥い人生を生きています。
久弥は、下総小槇山辺家の藩主山辺彰久の庶子として生まれ、市井で三味線を教えて活計を立てています。

十五万石を誇る小槇藩では、後嗣争いで藩主である父と次席家老が対立し、家中を二分する泥沼の政争が続いていて、大火の遭った日も、次席家老によって数日前から上屋敷の奥に軟禁されていた彰久を救出すべく、久弥は一刀流の剣を振るってきた帰りでした。

目が覚めてもなかなか口を利かない少年が、三味線に強い好奇心を浮かべ、久弥が弾く三味線に魅了されていきます。、

「……三味線、俺にも……弾けるでしょうか。稽古をすれば、お師匠さんみたいに、弾けるように、なりますか……?」
 自分を抑えきれぬように、ぎこちなく、しかし懸命に言葉を紡ぐ。
 少年の茹だったように赤い顔が、薄闇越しでも見て取れる。思いがけない言葉に久弥が戸惑っていると、子供は蒲団を出て膝を揃えた。
「三味線が、好きです。……必死にやります。教えて、もらえますか……?」

(『独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖』P.25より)

名前のなかった少年には青馬(そうま)という名が与えられ、孤児は久弥の弟子となり二人の生活が始まりました。

青馬は三味線の類まれな天稟を持っていて、久弥の弾く三味線が生み出す音色と旋律の美しさを魂を震わすように楽しんでいました。
孤児と三味線弾きの師弟関係はやがて親子関係に変わり、二人は運命の渦に巻き込まれていきます……。

青馬の生い立ちに由来する騒動や、小槇藩の後嗣をめぐる争いなど、チャンバラシーンがしっかりと描かれていて、ハラハラドキドキの展開に加え、登場人物たちも個性的で物語に引き込まれました。
久弥と柳橋芸者の真澄との哀しい恋の行方の気になるところ。

また、三味線についてよく調べられていて、稽古などで弾く場面のリアリティと臨場感が素晴らしく、アクションシーンとの緩急が見事です。

著者は、同じアルファポリス第8回歴史・時代小説大賞で、「深川あやかし屋敷奇譚」で特別賞も受賞しています。

怪異に目がなくいわくつきの「がらくた」を収集している、大店の次男仙一郎が、女中お凛とともに謎を解明していくコメディータッチの連作時代小説だそうで、こちらも書籍化が進行中とのことで、なんとも楽しみ。
また一人、注目していきたい新人が現れました。

独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖

笹目いく子
アルファポリス アルファポリス文庫
発売 星雲社
2024年4月5日初版発行

Illustration:立原圭子
Design Work:AFTERGLOW

目次
なし

本文344ページ

アルファポリス第8回歴史・時代小説大賞大賞受賞作。

■今回取り上げた本

笹目いく子|時代小説ガイド
笹目いく子|ささめいくこ|時代小説・作家 1980年東京都生まれ。米国在住。 2022年、アルファポリス第8回歴史・時代小説大賞にて、「調べ、かき鳴らせ」が大賞、「深川あやかし屋敷奇譚」が特別賞を受賞。 2024年、「調べ、かき鳴らせ」を改...